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だからやさしいくちづけを【完】
♯4



真夏の夜。ありこさんちのリビング。

テーブルを差し挟んで、片や彼女の兄。片や彼女の彼。初対面のこの顔合わせで、会話が弾んだらどうかしてる。

空気は重く澱んで、でも、逃げ出すことは、到底叶わない雰囲気。


一体、僕に何をどうしろと?


「…煙草、いいか?」

何かのきっかけを探していたような言葉を、一真さんは、ぽつりとこぼした。

僕もありこさんも、煙草は吸わない。でも、何故かこの家には、一つだけ灰皿があって、僕はそれを、二人の間のテーブルに載せた。

自分の気持ちのモヤモヤを吐き出すように、一真さんは煙をくゆらせる。



「穂積くん、と言ったっけ。ありことは、いつからだ」

取り調べ開始? いや、別に僕、容疑者じゃないんだけど。

でも、後ろめたい気持ちになってしまうのは、どうしても、奪った者と奪われた者、みたいな図式になってしまうから?

スーツケースいっぱいの、ありこさんへのお土産。5人もいるお兄さんたちに、さぞや、愛されて育ったのだろう。


「付き合って3ヶ月です」

僕の答えに、一真さんはむせ返った。


「さ、3ヶ月? それで一緒に?」

いやー、付き合って3週間足らずで、一緒に暮らして…って、そんなことまで、言わない方がいいよね。


「6人兄弟の一番下で、唯一の女。まあ、みんなで取っ替えひっかえ可愛がるものだから、君もご存じのあんな性格だ」

伸びやかってーか、気儘ってーか、うん、ありこさんてそうだよね。


「大学はこっちの大学に行きたい、勝手に受験して、家を飛び出して――8年。その間に、実家に帰ってきたのなんざ、5回くらいで」

一真さんは、僕の知らないありこさんを語る。


「当然、それには家族の誰もが不満だし不安でね。たまに、目付け役の私が、仕事も兼ねて、こうしてありこの部屋に来るんだが」

男がいたのは初めてだ、そう言って一真さんは、苦く笑った。


「すみません」

適切でないと思いつつ、僕はつい、頭を下げた。

ありこさんがいたら、きっと怒られる。悪いと認めるような言動して、「だったら、出ていけ」、そう言われたらどうするんだ。

わかってはいても、お兄さんの驚きも怒りもわかるから。

大切な大切な妹、僕みたいのに、渡したくないよね。


「君は幾つだ」
「23…冬に24になります」
「若いなあ。ありこより、まだ4つも下か」

煙草の火を灰皿に押し付けて消しながら。


「だったら、結婚とか将来のこととかは、まるで考えていないだろう」

僕の思いを決めつける。


「そんなことは…」

ない、といいかけて、僕は口をつぐんだ。

僕とありこさんは、未来への約束は何もしていない。


「ありこには、熊本に帰ってきて、幸せな家庭を築いて欲しい――それは、家族みんなの願いなんだがな」


そう言って、無造作に置かれた、見合い写真に目を落とす。


…ずるいなあ。

頭ごなしに、交際を同棲を反対するのではなく、じわじわと、僕にかけるプレッシャー。

僕の覚悟が見たいのか。
僕に身を引かせたいのか。


何も言えない僕を、一真さんは蔑むよう笑う。


「ずっと、ありこを守っていける自信あるのか?」

その場の勢いでも、売り言葉に買い言葉でも。


『ある!!!』


そんなハッタリをかませる男じゃなくて、すいません。でも。


「お見合いの相手なら、それが出来るんですか?」

静かな反抗に、一真さんは目を見開いた。まさか、僕が言葉を返して来るとは、思わなかったみたい。


「いや、知り合いの知り合いの…みたいな田舎の狭い界隈でのことなら、何かあれば、すぐにわかる。助けても、やれる。
それだけのことだよ。年に一度、逢いにくるだけでは、いつ泣いてるかも、わからないからな。正直、ありこは君の手に負えないだろう」

いつか見限られて、捨てられる。幸福の絶頂にいる瞬間でさえ、僕の心の底に凝り固まって剥がれない不安を、一真さんは指摘して、自分のスマホを取り出して、画面を見始めた。


画質の良くない古い写真。映っているのは、セーラー服の女の子。

横から覗き見した写真を、もう一度じっくり見た。


スマホを奪いたいくらいの衝動に駆られながら、一真さんの肩を押し退けるように。

僕は、その写真に目を凝らす。


「あり、こさん…?」
「ああ、こっちに来る少し前のな」

一真さんは、懐かしさに浸った自分が照れ臭いのか、僕から目を逸らして答えた。


じゃあ、10年近く前…?


髪をポニーテールに束ね、カメラに無防備で無邪気な笑顔を向けたありこさん。


(か、可愛い…)


「この写真、くださいっ」

僕は、思わず言っていた。

「駄目だ!」

僕の要求は、剣もホロロにはねかえされて、一真さんは、その画像すら、画面から消した。


「君は、いつも本物のありこと一緒にいるだろう」

そりゃ、そうですけど。

ああ、でも、セーラー服のありこさんなんて、もうもうこの先絶対、お目にかかれないのに。

って。僕は、別に制服マニアでもフェチでもないからねっ。


今度ありこさんの写真、撮らせて貰おう。




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あきゅろす。
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