だからやさしいくちづけを【完】 ♯4 「笠原オマエ、クビ。明日から来なくていいよ」 「な…」 「あと、ケータイ貸して」 店長に言われるままに、アタシはケータイを出して、渡す。 店長は慣れた手つきで、アタシのケータイを操作して。 アタシの手に戻って来た時には、店長のケー番やアドレスはおろか、アタシとやりとりしたメールまで、すべて消されていた。 「もう、俺のとこにも来るな」 「何で? 何で、店長。こんなのって、ない」 アタシは店長の腕に取り縋った。 こんなにあっさりと。 こんなに理不尽に。 アタシは、貴方を失うの? 「忘れろ、俺のことなんか。おまえだったら、ほかにいい奴いくらでもいるから」 「アタシは、店長がいいっ」 「何処がいいんだ、二股かけてて、一方の女孕ますような男」 店長が自嘲すると、また目じりに皺が寄って。 その皺に一筋、何かが光った。 「やだあっ」 絶対に離すもんか、とアタシが渾身の力で握ったはずなのに、手首を店長の大きな手に掴まれて、引き剥がされて。 「楽しかったよ、オマエのご機嫌取るの」 店長はアタシの頭にポンと手をおいて、出ていった。 振り向いても、くれなかった。 アタシに残ったのは、その手の温もりだけ。 本当に悲しい時は、涙って出ないんだ…。 泣き方も忘れてしまったくらい、体中の力が抜けていく。 アタシは、冷たいコンクリートの床に、座りこんで、首を真上に向けた。 空が、高い。 雲の流れが、早い。 さっき、店長が見てたのと、同じ、風景。 店長からタバコの匂い、しなかった。 見上げた空に、何を思っていたのか、もう聞くことも出来ないのかな。 茜色に染まった空が、薄暗い闇のカーテンを開いていって、月がかかるまで、アタシはそこを動けなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |