だからやさしいくちづけを【完】 #6 国道沿いの広い駐車場のコンビニを見つけて、僕は車を停めた。 エンジンを切って、ハンドルに両肘を乗せて、僕は助手席を見ると、ありこさんは、シートに上手に体を預けて、眠ってしまっている。 (家まで送って、って言われても) 案内役が眠ってしまっては、お手上げだ。 車を発進させた時に、 「最寄りの駅は、弘明寺」 そう言ってたから、その辺りまでは来たのだけれど。 (それにしても) 寝入り方まで、豪快な。 公園の駐車場を出て、初めての赤信号で、車を一時停止させた時には既に、FヨコのDJの声に混じって、寝息が聞こえてた。 危機意識とか、警戒感とか。 まあ、持たれるような男じゃナイですね…。 現に。 何処か、いかがわしい場所に連れて行こうとか、このスキに、イタズラしちゃおうとか。 そんな勇気なんてなくて。律儀に、彼女が起きるのを待ってる。 女の子の寝顔なんて、初めて見た。 少しだけ開いた唇、閉じた目蓋の先の長い睫毛、流した前髪の下から覗くシャープな眉の形。 起きてる時は、ドキドキしてまともに見れなかったけど。 やっぱり、ありこさんは綺麗だ。 どうして、こんな人が僕なんか…。 傾いていこうとする気持ちを、必死に平行に保とうと、覗き込んだ彼女の顔から視線をずらして、正面のコンビニの照明に向き直って、僕は深くシートに身体を預けた。。 いつの間にか、僕も少し眠っていたらしい。 ハッとなって、体を起こし、反射的に時計に目をやると、11時になるところだった。 (明日、仕事なんだよな…) ありこさんの寝息は、相変わらず規則正しく聞こえてきて。眠りの深さと、心地よさを物語っているから、忍びない気はしたけれど。 (おこさなきゃ) とりあえず、僕のケータイから、ありこさんのケータイにかけてみると。車内に響く、電子音の、クラシック。 (この曲、なんだっけ) 売り場で、セールストークをしている時に、彼女の澱みない喋りを妨げる着信音は、普通のアラームみたいな音で。 (こんな、優雅な曲ではなかったはず…) もしかして、僕のだけ変えてる? ちょっとだけ自惚れた想像は、僕の心をあたたかくする。 でも、ありこさんは起きる気配はなくて、僕は、ためらいがちに彼女の肩を揺さぶった。 「起きて、ありこさん」 「やばっ、アタシ寝てた!?」 ありこさんが跳ね起きる。 「うん」 「ここ、何処?」 ありこさんは、車窓の外の景色を注意深く見回して。 「あ、もうこんなとこまで来てるんだ。って、アタシ寝て困ったよね、ゴメン」 多分この辺り…という、僕の見当は大きくずれてはいなかったらしい。 「ここからなら、歩いても帰れるから大丈夫」 シートベルトを外そうとするありこさん。だけど、今ここで、さよならするのは、いやで、僕はエンジンをかけて、その行為を止める。 「大丈夫。家まで送るから、道教えて」 「ありがと。じゃ、左に出て、最初の信号、右」 僕は言われた通りに、車を走らせて、ものの三分ほど。 「あそこなんだ」 と、彼女が指差した赤い屋根のアパートの脇に、車を停めた。 「道覚えた?」 「何となく」 覚えたところで、次に来るのなんか、いつになることやら。 斜に構えたことを考えてた、僕にありこさんは、あっさりと。 「じゃあ、日曜仕事終わってから、うちに来る?」 「はいぃぃ!?!?」 「だって、二人の休み合わせるの待ってたら、次にいつ逢えるかわからないじゃんか」 僕の上擦った返事が、気に入らなかったのか、ありこさんは、口を尖らす。 いや。問題は、そこではナイ。 「だ、だって、まだお互いよく知らないのに」 一人暮らしの女の人の家なんて、無理っ。僕は、ヨネスケのように、図々しくお宅訪問なんか出来ない。 「だっせーな。いちいち、そんな順序だてて、くだんない理屈こねてっから、ドーテーなんだよ」 「な、なんてこと言うんですかっ」 女の人が口にする言葉か。 ってか、何でわかるんだろう…、女慣れしてないの、バレバレ?。 そんな僕を、眺めるありこさんは、飽くまで余裕の表情で。 「大丈夫。何もしないから」 …それも。女の人が、男に言うセリフじゃない、ですよね…。 [*前へ][次へ#] [戻る] |