だからやさしいくちづけを【完】 #8 「ご、ごめんなさい」 「何で謝るの」 「は、早かったかな?って」 「余韻台無しにするようなこと、言うんじゃねえよ」 はいそうですね、重ね重ねスミマセン。 今度は口には出さないで、頭をペコペコ下げてたら、ありこさんがぷっと笑う。僕もくすぐったくて、照れくさくて、全裸でベッドの上に座ったまましばらく笑い合ってから、互いの汗で光る身体を、ぎゅっと寄せ合って、もう一度深く口付けた。 全ての感情をさらけ出した行為の後で、言葉なんか、何の意味があるだろう。訝しみながらも、僕は、ずっと…、ずっと伝えたかった思いを口にした。 「ありがとう」 「何が?」 「僕を好きになってくれて」 意外な言葉だったのか、ありこさんは大きく目をみはって、僕を見た。その瞳は、確かに潤んでた…と、思うのだけど。しばらく俯いていた、ありこさんは、何かを吹っ切ったように、勢い良く顔を上げる。 「気持ち良かった?」 ――だから。そんな質問反則じゃない? さっきまで、僕がありこさんにしてきたことが、脳裏に蘇って。カッと体が熱くなる。 「う、うん。――ありこさんは?」 ありこさんは、僕の手に自分の手を絡めて。 「気持ち良かったよ、穂積の手」 そう言葉を放った口に、僕の指を含んだ。指がなぞった痕跡を確かめでも、するように。 やけに艶かしい気持ちになって。僕は慌てて指を引き抜いた。 「だ、ダメ、やめて」 「どうして?」 ありこさんは、わざととぼけた声を出す。 僕の返事なんて、とうにお見通しのくせに。ってか。きっと、その言葉を引き出したくてやってるくせに。 心もカラダも、貴女の思うままに操られてるのを自覚しながら。その不自由さの中に、幸福を感じる、僕がいる。 「また、したくなっちゃう…」 「する?」 妖しく煌く眸に、逆らう術を僕は持っていない。一旦離れた体に、僕は再びのしかかり、ありこさんは、僕の重みを受け止めながら、僕の背中に両腕を回して。僕たちはまた、夜の闇に堕ちていった――。 「嘘吐き」 気だるさと、昨夜の余韻の残る朝。 目を覚ました(というか、アラームに否応ナシに起こされた)僕は、隣に眠る人に、聞かせるともなしに、呟いた。 スッキリ疲れさせたげる、って…。 二回目の後。 疲れてどちらからともなく、泥のように、眠りについたのは事実だけど。 (スッキリなんかしないよ) 「嘘吐きってアタシ?」 朝いちのせいか、いつも以上にかすれた声に、僕はビクッとなる。 「ありこさん、起きてたの?」 「起こされたの。穂積の声で」 ありこさんは、額に手を当て、不機嫌に言う。 「ごめん」 「いっけど、何でアタシが嘘吐きなんだよ」 「だって」 僕は、ベッドに寝そべったままの、ありこさんに目をやった。 絡み合って、溶け合ったまま、シャワーも浴びずに、眠ってしまった僕とありこさん。 身体を覆う、毛布からはみ出た四肢の白さすら僕は、まともに見られない。 (…ダメだ) 心も体も。まだ、ありこさんに捉われたままだ。 「…だって、全然スッキリなんかしないし」 ポツリとこぼすと、ありこさんはマットに肘をついて、頬杖をつきながら、僕を見上げて、にやりと笑う。 「つまり、もっとしたいって、こと? 穂積ってば意外に精力的」 「そ、そんなこと僕、一っ言も言ってない」 「え〜、ちがうの?」 「違わないけど、違うっ」 「どっちだよ」 これから会社行かなきゃいけないし。アタマ、切り替えなきゃいけないのは、わかってる。 わかってるけど。 目の前で、ありこさんに夢の名残のままのカッコでいられると。平常心も理性もぶっ飛んで行くのが、オトコってもので…。 なのに、ありこさんはそんな僕の脳みそを更に、かき乱すようなことを言ってくる。 「穂積、おはようのチューは?」 「省略っ」 僕は出来るだけ、ありこさんの方を見ないように、脱ぎ散らかした服を、かき集める。 「つめたっ」 「ありこさんは、今日休みだからいいけど、僕仕事なの」 「あ、穂積の持ってるのアタシの下着」 僕の手から、ありこさんは真っ白い小さな布を手に取ると。わざわざ、三角形を僕の前に広げて見せた。 「ほら。いる?」 …絶対。絶対、わざとからかってる、この人。 「いらない」 ってか。 「僕に、構わないでっ」 めくるめく官能の世界から。僕を日常生活に戻して、お願い…。 [*前へ][次へ#] [戻る] |