だからやさしいくちづけを【完】 #2 滅多にかかって来ない、息子からの電話に、母は初めは上機嫌だったのだが、同棲の話になると、急に物凄い剣幕になって。 「アンタ、それ、大丈夫なの!? 一緒に住む人は、どんな方なの? お仕事は?年は?結婚歴は? ほら、よくあるじゃない? 連れ子のいる女の人と、一緒に暮らしてた男が、血の繋がらない子を虐待したとか…そういうのは大丈夫? 妊娠とかも、心配だし…、アンタにホントに出来るの?」 僕に矢継ぎ早に質問をしておきながら、その答えも待たずに、話はどんどんあらぬ方へ…。 口を挟めないでいると、ありこさんが僕の肩を叩いて、ケータイを寄越せと、手を伸ばしてた。反射的に、僕は彼女にケータイを、その話を、委ねる。 「初めまして。笠原有子と申します」 その第一声は、営業用の人当たりのいい、それでいて信頼出来そうな、落ち着いた声で。 その後も、お母さんの何処で相槌打てばいいかわからない、散漫な話にも、ありこさんは、的確に答え続け、しばらくすると、僕にケータイが戻された。 僕が出ると、母はテンションが上がりまくりで。 「アンタ、いい人見つけたじゃなーい。ありこちゃん、しっかりしてて、お母さん気に入ったわ。引っ越しの日は、手伝い行くからねー」 一方的にまくし立てて、電話は切られてた。 僕だけ、話が見えませんが、ありこさん、お母さんに一体何を? ってか。電話だけで、僕のお母さんをたらしこんだありこさん。信用ならない、このヒト…。 以上が、引っ越しに至る経緯。 「なあなあ穂積」 いつのまにかキッチンに移動していたありこさんが、シンクの下を覗き込んでた。 そこはまだ手付かずで、調味料とかキッチン用品がそのまま残ってる。 何があったか思い出して。 (やばっ) …と思った時には遅かった。 高々と日本酒の一升瓶を、掲げて。 「これって、飲んでいいの〜?」 僕に訊いてくる。…絶対、言うと思った。 「今はダメ」 今にも栓を開けてしまいそうなありこさんの手から、僕はその瓶を奪う。 「何でそんな大瓶持ってるんだよ」 「ラベルが剥がれちゃって、売り物にならないのを、引き取ってきたの」 僕はあんまり日本酒飲まないから、そのまま放置してた。ありこさん、日本酒もOKなんだ。アルコールさえ入ってりゃ、何でも飲みそう、この人。 「じゃあ、後での〜もう、っと」 ありこさんは、丁寧に新聞紙で一升瓶を包み始めた。 「引越しの荷物に紛れると困るから、コレはアタシが抱えてく」 …はいはい。僕はありこさんが見向きもしなかった、他のものを取り出して、ダンボールに詰めて行く。 これで、殆ど終わったはず。カーテンが取り外されて、むき出しになった窓ガラス。隅の隅まで板目が見えたフローリング。 別に対して愛着があった部屋でもないけれど、生活の匂いを排除してしまった空間を見ると、襲ってくるのは、寂しさと。一抹どころじゃない不安。 ホントに。ホントに良かったのか? [*前へ][次へ#] [戻る] |