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先生≠彼【完】
♯10



SIDE Keishi


俺の舌に絡みつく千帆の舌の動きの大胆さに、驚いた。――巧くなったな。固かった蕾が膨らんでいき、花開くような、千帆の成長を見てるのが、嬉しくて楽しい。そういう趣味がロリコンだって言うのなら、言いたい奴には言わせておけ――だ。大体

自分で花を咲かせる喜びを知ってしまった人は、もう花屋の美しく育ち切った花には目もくれないのではないかと、思う。


長いキスを解いて、千帆の身体を腕の中に閉じ込める。キスの前の会話のことは忘れてるみたいで助かった。

「でも千帆。人の思いって時間に左右されるから。

長く一緒にいることで、酒井の方を好きになったり、俺への気持ちが変化するなら、その時は遠慮なく俺を切っていい」


切り出した台詞の続きは言えなかった。千帆は恋心がどんな風に醜く変化してくかなんて知らない。出来ることなら、それは教えたくない。

ずっと。俺の隣で咲いていて。





無人の教室から、校庭が見えた。朝から容赦ない夏の陽光を浴びながら、夏服の男女が歩いている様子を窓ガラスから俺は眺める。

腕と腕がぶつからないくらいの距離で、仲よさげに登校してくる姿は、もう学校内でも有名だ。――酒井と千帆。


釈然としないが、おかげでネットに流れた情報はガセだと、いち早く噂も下火になったから、結果には納得してる。


あと、俺のやるべきことはもうひとつ――。



コンコンとノックの音が聞こえた。「どうぞ」と言うと、ドアが開いて、薄い笑みを浮かべながら、彼女が入ってくる。


来ないんじゃないかと危ぶんでたのに、長年染み付いた優等生の習性は治らないらしい。指定した時間に俺の言った教室に、沖本綾乃は現れて、何食わぬ顔で俺の前に立った。座って、と目配せすると、教壇のいちばん前の席に腰掛ける。


「たかが、期末テストが前回より20点悪かっただけで呼び出しですか? 追試でもないのに。あ、春日さん、今回は大丈夫だったんですか?」

皮肉に笑いながら、沖本は俺を見据えた。その瞳に以前までの少女マンガ風に表現するなら、やたら瞳がきらきらするような、そんな煌きはない。愛と憎しみは紙一重というか、感情が行動に直結するらしく、修学旅行以降、ピタリと沖本は俺の周りをうろうろするのをやめていた。


「いや、それは名目かな…」

言いながら、俺はボタンダウンのシャツから、プリントを1枚取り出して、沖本の机の上に置いた。


「これ、やったの沖本だよね」

以前に校長室で千帆と俺が見せられたLINEのトーク履歴。じっと目で追う沖本の表情に変化はなかった。千帆ならとっくに目が泳ぎだしてる。馬鹿正直な彼女と比べてもしょうがないが、沖本の腹の座り方にはある意味感心する。


「…わたしのところにも流れてきましたよ。でも、どうして」
「沖本以外考えられないから」

言うと、沖本は小馬鹿にしたようにくすっと笑った。


「わたしが先生と春日さんの関係、知ってたからですか? それだけで疑われちゃうんですか?」
「沖本の邪推でしょ。俺と春日はそんな関係じゃないよ」
「嘘。だってあの時」
「この時?」

取り出したスマホを机の上に置いて、あるデータを再生する。


『――先生がキスしてくれたら言う』

聞こえたきた自分の声に、沖本は目を瞠った。千帆がいなくなった際の長崎の駐車場でのやりとりだ。


「…録ってたんだ…」
「ああ。一応ね。お前が聞いたら消していいよ」

沖本はもう一度繰り返し再生する。何度聞いても、言葉では、俺は認めてないはずだ。俺の切羽詰まった態度から、千帆を心配してうろたえる表情から、沖本は自分の推理が正しいと確信したのだろうけれど、旅が終わって1ヶ月も経ってしまえば、そんな記憶も頼りないものになる。

沖本はまだ、俺と千帆の接点を見出したいのか。


「…先生、これスマホ、アドレスとかも見ていい?」
「いいよ」

他の証拠を探しだそうと、沖本は必死にスマホを操作してる。アドレス帳、メールの送受信履歴。カメラのメモリのフォルダ。


「…春日さんの名前、いっこもない」
「納得した?」

それでも沖本はまだ自分の想像に固執していた。

「でも指輪…」

しつこいなあ、こいつ。念には念を入れて作った写真が、役に立つとは思わなかった。




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