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先生≠彼【完】
♯8


来た時と同じけいちゃんが校長室のドアを開けてくれて、あたしは開放された扉の向こうに足を踏み出す。ホッとしていいはずなのに、足取りは重かった。

すぐにけいちゃんが続いて、無言のままで、無人の廊下を歩き始めた。


けいちゃん、酒井くんとのこと、どう思ってるんだろ。嘘でも嫌だ、って…大人だから、そんな風には思わなくって、割り切ってるのかな。


「春日」

ちょうど職員室の前で、けいちゃんが立ち止まってあたしの名を呼んだ。一緒にいられるのはここまで…。けいちゃんの声に弾かれるように顔を上げた。


「はい」
「ちょっと手伝って欲しいことあるんだけど、時間平気? 15分くらい…」

待たせてしまってる七海と酒井くんが気になったけど、それよりもけいちゃんといられる方を優先してしまった。


「平気です」
「じゃ、頼むよ」

けいちゃんは職員室を素通りして、階段を昇る。3階の社会科資料室に入った瞬間、けいちゃんはカチャッと後ろ手に鍵を閉めた。



L


「…けいちゃん…?」
「ちょ…待って、千帆…へっくしょん」

呼びかけると、けいちゃんは突然くしゃみを連発し始めた。


「相変わらず換気悪いな、この部屋。どうして学校のひとけのない場所ってイコール、埃だらけなんだろな、ホント」

ぶつぶつ文句言いながら、ドアを背に、そのまま座り込んで、けいちゃんは俯いた。そりゃ、人が出入りしないってことは、掃除だって行き届かないんじゃ…。ってか、やっぱり手伝いは口実かあ。変だと、思った。でも、あたしもけいちゃんと話したかったから。


「けいちゃん、カッコ悪」

あたしは鼻をかんでるけいちゃんの前にしゃがみこんで、ぼそっと言った。けいちゃんの目が、気まずそうにあたしから逸れる。


「そうだよ、どうせ、カッコ悪いよ。好きな女ひとり守れないし、よりによって生徒に守って貰ってるし…」
「…酒井くんとのこと、いいの?」
「よくねえよ、ちっとも。けど…しょうがないじゃん」

丸めたティッシュをゴミ箱に放り投げて、けいちゃんは鼻の下を手の甲で擦る。


「校内じゃ俺達のことは公になんて出来ないんだから。言ったじゃん。全校生徒、365日欺けばいい、って」

最初から、その覚悟はしてるよ、とけいちゃんの声と表情には迷いがない。でも…。


「あたし達、このままでいいのかな…」


あたしの方がぐらんぐらんだ。さっき、校長先生の前で、あたしたちの関係だけでなく、けいちゃんへの恋心まで、自分で否定してしまったみたい。


好き、も言えない関係。

酒井くんを利用して。周囲を騙して。


「疲れちゃった…?」

けいちゃんが、あたしに手を伸ばす。頬を滑った指先はあたしの髪を絡めながら、耳朶の後ろに到達する。そのまま後頭部を押され、もう一方の腕で、あたしの二の腕を引き寄せられて、あたしの身体は簡単にけいちゃんの胸の中に倒れこんだ。

がっちりした胸板に抱きとめられると、泣きそうな気持ちになった。疲れたのかな。この手を離せば、楽に…なるのかな。


「千帆、知ってる? 歴史の教科書に書いてあることだって、真実とは限らない、って」
「え?」

だったら、けいちゃんがあたし達に教えようとしてることは、あたしたちが必死に学んでるものは、なんだって言うんだろう。


「飽くまでも通説――ってやつなんだよね、教科書の歴史は。いろんな人がいろんな学説立ててて、その中でいちばん尤もらしいと思われる説を採用してるだけ。今だってさ。ワイドショーやら新聞で流れてるニュースが、全て真実を伝えてるとは限らないでしょ?
 
まして、何百年も前の、しかも割と一方的に書かれた記録をさ、全て信じろ、って方が無理だと思わない?
闇から闇に葬られた真実なんて、それこそ星の数ほどある。俺たちのことは俺たちだけが知ってればいい。

でも、千帆が後ろめたさの一切ない、みんなから羨ましがられるような、たとえば酒井とするような恋がしたいなら、――やめる?」
「――」


言わないと思ってた、けいちゃんは。その台詞だけは、絶対に。





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