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先生≠彼【完】
♯7


まるで爆弾を使って、爆弾を処理するような酒井くんの台詞だった。

この場を救うためだってのはわかってる。でも。縋るように教壇のけいちゃんを見た。けいちゃんは無表情のまま。


「――だそうだ。この話は、これで終わり」

トン、と名簿と手帳を教卓で揃える。これ、けいちゃんの癖。SHR終わりの、合図。日直が号令を掛けて、放課となったクラスは、また別のざわめきに支配されだした。

でも、今回のはみんな、驚きの中にも納得、と言った感じで。


「あたし、全然知らなかったけど、お似合い。仲良くね」

なんて、全く悪気なく言ってくる子も何人かいた。


「春日、ごめんな…俺つい。変に好奇心の対象になるより、適当に相手作っちゃった方があいつら、おとなしくなると思って」
「方法としては間違ってないし、効果的かもだけど、ちぃの気持ち考えてる?」

謝ってくる酒井くんに、七海は苦々しい顔で意見をぶつける。


「ううん。いいんだよ、これで…」

だって、けいちゃんは酒井くんの言葉、肯定した。嘘も方便、てやつで。噂には、新しい噂、ぶつけるのがいちばん。これが、今の逆境抑えるための最良の策だと…わかってる。


けど。

酒井くんの気持ち、利用してるみたいで嫌なのと。
これからあたしは『酒井くんの彼女』なんだ。嘘でも、あたしに付けられたラベルが、重い。


「とりあえず、校長室行ってくる」

机の中の荷物をまとめて、リュックを肩に掛けようとしたら、酒井くんが反対側の肩ベルトを持つ。


「待っててやるよ、春日。行って来い」
「でも…」
「じゃあ、あたしも待ってる。頑張ってね、ちぃ。絶対、認めちゃダメだよ」

ふたりの好意に甘えることにして、あたしは手ぶらで校長室に向かった。何を言われるんだろう。


1階の職員室を通りすぎて、更に奥にある校長室。普段、あたしが出入りしないエリアだ。重厚な扉を、あたしはコンコンとノックして、学年クラスと名前を名乗った。


ちょっと間が開いて、内側からドアが開く。開けてくれたのは、けいちゃんだった。けいちゃんも呼ばれてたんだ。校長先生は、窓を背中にして、大きな机に座って、あたしたちを笑顔で迎えた。始業式とか朝礼とか、全校が集まる際に、遠い壇上でしか見たことがない人だから、顔とかもうろ覚えだったけど、思ったより若かった。

多分、50代にやっとなろうか、ってところ。べっとりと髪を撫で付けて、ツヤツヤした髪の中に白髪が混じってる。


「わざわざ来てもらってすまない――春日千帆くん、だね」


頷くと、あたしの目の前に、校長先生は何かの紙を出した。一瞥して、それがけいちゃんの言ってた、あたしたちの噂に関する箇所をプリントアウトしたものだ。


「こんな話がSNSサイトで流れてたことは、知ってた?」
「…今朝、知りました。クラスメートに聞いて」
「じゃあ、君自身のところには回って来なかったんだね。こういうの、どう思った?」
「…怖かったです」
「そうだね。ひとりが面白がって投稿した内容を10人に送る。読んだ10人がまた同じ内容を10人に送る――自分の預かり知らぬところで、真偽もわからない情報だけがひとり歩きする。ネット社会の怖さだね。これは、インターネットの利便性と危険性を同時に他の生徒にもわかってもらういい機会だと思うんだ。今度朝礼で話そうと思ってる。君の名前は伏せるけれど、この内容が君について書かれたものだと知ってる生徒も多い――また、話題の蒸し返しになるかもしれない。それでも、いいかな」

正直、またあんな好奇の目で見られるのは嫌だ。でも、噂の打ち消しとしては、いちばんいいかもしれない。校長先生が嘘だと、太鼓判を押すんだから。…真実は違うのに。


「いいです…お願いします」

了承して、頭を下げた。校長先生は、「ありがとう」と笑顔で頷いてから、急にきっと顔を引き締めた。


「ふたりにもう一度確認するけれど、ここに書いてあることは、全部事実無根――そう信じていいね?」

鋭い瞳で念を押されて、ズキッと良心が傷んだ。他の誰でもない、遠藤先生が、あたしのカレシだって、言ったらきっとけいちゃんは全てを失う。

ちらっと横に立つけいちゃんを見たけど、けいちゃんはあたしとアイコンタクトを取ろうとはしない。

――そう、これがあたしとけいちゃんの『公の』距離だ。



「はい。あたしと遠藤先生は、ただの先生と生徒です」
「春日と同じです。これ以後はこういう疑われるような行動を慎みます」

あたし達の言葉に校長先生は大きく頷いてくれた。



あたし達は大嘘つきだ。嘘で塗り固められてく恋。それでも、あたしたちが守ろうとしてるものは、正しいのかな? けいちゃん。





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あきゅろす。
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