先生≠彼【完】
♯6
あたしたちは屋上でお弁当を広げた。山から降りてくる風が強くて、スカートもお弁当のランチョンマットも翻って食べにくいことこの上ない。だから、めっちゃ不人気で、滅多に人は来ない。
「何で酒井まで来たの? あたし、ちぃと大事な話したかったのに」
「けいちゃんのことでしょ?」
「ちょ…あんた」
あたしが口を滑らせたと思ったのか、七海が焦りまくって、その横で酒井くんはにやにやしてる。
「…けいちゃん、ばらしちゃったんだって、酒井くんに。あたしたちのこと」
「マジ?」
七海の呆れ返ったような顔と、その後の「ったく、しょうがねえな、あのロリ教師」っていう毒舌が面白かった。
「まあ、この俺様の推理力にかかれば…ねえ、どんな悪事もまるっとお見通しだ! つか、春日、遠藤ちゃんのこと、けいちゃんて呼んでるの? けいちゃん。俺も今度呼んでみよ、めっちゃ嫌がりそうだよな」
酒井くんはなんだか楽しそう…もしかしてけいちゃん、酒井くんに懐かれてる?
今日のお弁当は、鮭と胡麻のおにぎりふたつと、昨日の残りのほうれん草のキッシュ。ウインナ。マカロニサラダ。全部好きなものなのに、喉通らない。
「…先に、けい…先生のとこ、電話してみてもいい?」
学校にいるけいちゃんに連絡するのは初めて。出て、くれるかな…。ドキドキしながら、あのほんわかした声が耳に届くのを待った。
3コールくらいでけいちゃんは出てくれたけど。
「…あ、わりぃ。ちょっと待って、すぐに掛け直す」
一旦、ぶちっと切られてしまう。
話を聞かれても大丈夫な位置に移動したのか、2分もしないうちに、ちょっと息の上がったけいちゃんからコールバックがあった。
「ごめん、千帆。――大丈夫か?」
ほんわかどころか、聞いたことないくらい低い、だけどあたしを気遣ってくれるのがわかる言葉に、ここまでの不安や恐怖が、一気に溢れだす。
「だいじょうぶじゃ、ないよ…ぉっ。けいちゃんは? 大丈夫なの? あんな噂」
「あ、やっぱり千帆ももう知ってるんだ」
あったりまえだよ、多分全校生徒知ってるよ。やっぱり呑気なけいちゃんに、ちょっとイライラ。
「今日、校長に呼ばれて、こんな話がわが校の生徒の間で広まってる…って、プリントアウトされた画面見せられた。あれ、学校側も調べたけど、噂を流し始めた奴のプロフは、とっくに消されてるんだって。この噂流すためだけに作ったサブアカだろうし、それを裏付けるような画像なんかがあるわけじゃない。学校側でも悪意のあるイタズラ――そう、判断していいか?って、朝聞かれたのはそういうこと」
学校はイタズラだと認めた――というけいちゃんの言葉に少しだけホッとした。
「あと、こういうことをした奴の心当たり」
「なんて言ったの?」
「全く見当がつかない、って言っておいた。あとで、春日の方にも確かめたいし、話したいことがあるから、放課後校長室に来い、だそうだ」
えー、3年通ってるけど、校長室なんて行ったことない。場所すら知らない。
あたしとけいちゃんの会話を見守ってくれてた七海と酒井くんに、今のけいちゃんから聞いた話を告げると。
「火点けるだけ点けて、自分はとっとと逃げるって卑怯な奴だな、そいつ」
酒井くんはプリプリ怒りながら、購買の焼きそばパンを齧る。
「ただ、いくら学校側がイタズラとして片付ける、つったって、もう学校中に流れちゃった噂だしね。しばらく嫌な思いするね、ちぃ」
授業終了後のSHRには、けいちゃんが来た。途端に教室内はまた朝と同じ、いやそれ以上のどよめきに包まれる。
ネットで流れた自分のことについては、けいちゃんは何も語らなかった。学校側の対応が、まだはっきりと決まってなかったからかもしれない。でも、何事もなかったかのように、涼しい顔で教壇に立つけいちゃんに、違和感と不審感を覚えた生徒もいたみたい。
「センセー。春日さんと付き合ってる、って噂、本当ですか?」
クラス委員もやってる山田佳子ちゃんがガタっと立ち上がって聞くと、けいちゃんは少しだけ口角を上げて、笑う。一見、柔らかい笑顔に見えるけど、目は、笑ってない、静かに怒った時の顔。
「ああいう情報がデマかどうか見極めるのも、これからの時代を生きるお前らの重要なスキルだと思うけど」
「えー、だって、本当だって証拠ないけど、嘘だって証拠もないじゃん」
「そうだよ。センセー。じゃ、先生の彼女の写真見せて」
みんな口々に好き放題言う。前後左右の席で、くすくすと笑い合う声。けいちゃんにぶつけられる露骨な質問。教室中が好奇心の塊になって、ざわざわとし始めた時。
ダン!と、乱暴な音が響いて、何事が起きたのかと、教室中が波打ったように静まり返った。
酒井くんが平手で思い切り机を叩いて、立ち上がって、宣言した。
「ば、っかじゃねえの。証拠ならあるよ、だって春日は俺の彼女だから!」
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