先生≠彼【完】
♯5
次の日、学校に行ったら、なんかあちこちから視線を感じた。同時にひそひそと噂話をする声。
「……?」
不気味。駅から一緒に登校してる七海と目を合わせても、心当りがない。
「何だろ…あたし、見られてるよね…?」
「あんた、修旅で先に帰ったからじゃない?」
七海はそう言って、あたしの心配を吹き飛ばすように笑った。…それなら、いいんだけど。けど、すぐにあたしの気のせいでも杞憂でもないことがわかる。
教室に入ったら、あたしの席には金子くんが座ってて、前の席の酒井くんと話してた。
「あ、春日、ごめん。席借りちゃった」
って、すぐにどいてくれるのはいつものことなんだけど、今日はいつもとちょっと違った。
酒井くんと目配せしてから、金子くんは急に切り出す。
「なあ、お前、遠藤ちゃんと付き合ってる、って噂出回ってるぞ」
「えっ!!!」
悲鳴に近い声をあげて、絶句してしまった。
そんな噂(ってか、真実なんだけど)何処から…。あたしの背中を嫌な汗が伝う。顔がこわばる。どうしよう、何て言えばいいんだろ。
「ま、そんなわけないってわかってるんだけど、知っておいた方がいいと思って。俺のとこにも回ってきた」
酒井くんはあたしを落ち着けるように言って、自分のスマホの画面を見せてくれる。保存されてるURLをクリックすると。
――南高イチのイケメン教師、遠藤センセの彼女って、うちの学校の生徒らしいよ。
そんな興味を煽るようなメッセージ。で、そのあと分刻みで、マジ?とかありえる、とか誰々、なんて好奇心たっぷりのメッセージが続く。
そういうトークは斜めに呼んで、発信者の次のメッセージ探したら。
――3年4組の図書委員だって。
名前は伏せてあったけど、クラスに男女ひとりずつしか図書委員なんていないんだから、誰かなんてすぐに特定出来る。
現に。
――あー、あの子ね、割とカワイイよね。
――ちぃちゃん、俺密かに好きだったのに…(笑)
知ってる人が読めば、すぐにあたしだってわかるようなメッセージが、無責任に並ぶ様に覚えるのは、怒りよりも恐怖だった。
怖い。こんな風にあっという間に、嘘かホントかも誰も確かめないうちに、本人の全く知らないところで、拡散される情報。スマホを持つ手が震えた。
「春日、大丈夫?」
酒井くんが心配そうにあたしの顔を覗き込む。
「うん…び、びっくりした」
「これさ、最初のメッセージ発信した奴に、何処で嗅ぎつけた情報か聞いてみたんだけど。出どこわかんなかった」
あたしの頭にひとりの女の子が浮かぶ。でも、この段階でそれを口にしたら、あたしはこのメッセージをばらまいた人と変わらない。
疑惑は疑惑にとどめておかないと。
その日の朝のSHRにけいちゃんは来なかった。
大事な話を校長としてる、と代わりに来た副担任の岩崎先生の言葉に、教室中がざわめく。――けいちゃん、大丈夫かな。校長先生との大事な話、って十中八九この噂についてだよね…。
嫌な感じに鼓動が早くなった。
「大事な話ってなんですか?」
ふざけながら、誰かが手を挙げて質問すると、教室中がくすくす笑い声に包まれる。みんなが、あたしを見てる気がした。…けいちゃん、助けて。
耳を塞ぎたい。この教室から飛び出したい。でも、それをやったら、今噂されてることが真実だって、背中に投げられる笑い声が増えるだけだ、きっと。
それに、七海や酒井くんみたいな『本当のこと』を知ってる人だけじゃなくて、金子くんも広川さんも心配そうな視線を寄越してくれてる。ギュッとスカートを握りしめて、あたしは俯いてた顔を上げた。
午前中の授業は、けいちゃんの日本史がないこともあって、普通に滞り無く進んだ。
お昼の休み時間を告げるチャイムの音にホッとする。
「春日、一緒に飯食わない?」
とりあえずお弁当を持って、七海の席に移動しようとしたら、酒井くんに声掛けられた。
「え…?」
「ダメだよ、ちぃはあたしと」
そこに七海が割り込んでくる。「大事な話があるんだから」と七海が凄んでみせても、酒井くんは全く動じない。
「俺も混ぜてよ」
と、引かないのは、酒井くんなりにあたしとけいちゃんのこと心配してくれてのことなんだろう。
「はあ? 何であんたが…」
七海は何も知らないから、酒井くんに警戒心バリバリ。
「うん、いいよ。3人で食べよ」
ひと気のないとこがいいな、と教室を出たあたし達3人にまた好奇の目が注がれる。酒井くんがやたらにはしゃいでたけど、やっぱりあたしの足取りも気持ちも重かった。
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