先生≠彼【完】
♯3
〜★〜☆〜★〜☆〜
あんなにぽかぽかしてた身体は、ひとばんで37度台の微熱にまで下がった。お医者さんにまで、「流石に若いね、脅威の回復力」なんて笑われてしまった。
お母さんとふたりだけで飛行機に乗って、家に帰る。旅程表を見ながら、けいちゃんどうしてるかな…と思いながら、ベットに横たわった。
ほぼ丸一日眠り続けて、起きた日曜のお昼過ぎには、あたしの身体はだいぶ快復していた。
そして、月曜の今日は、修学旅行の振替休日でお休み。なのに、あたしが出かける支度をしてたら、お母さんに掴まった。
「何処か行くの? 千帆」
聞かれて咄嗟にあたしは手にしてたものをポケットに放り込む。これは見つかったらやばい。
「う、うん。友達のところ」
「今日くらいは、家にいて、のんびりしてた方がいいんじゃないの? 病み上がりなんだから」
「もう平気だってば。夕方までには帰るから」
「待ちなさい」
強引に突っ切ろうとした手首をお母さんに掴まれた。お母さんは、あたしの指先をじっと見てる。あ、やばい…。
後ろ手にして、ごまかそうと思ったけど、遅かった。
「その指輪…どうしたの? 千帆」
「向こうで七海とおそろで買ったの」
「嘘おっしゃい。旅行のおみやげ代で買えるような代物には見えません」
あたしの手を取って、日の光にかざしながらまじまじと見て、お母さんが断言する。…流石に年配の女性はアクセサリーを見る目が違う。
「誕生日プレゼントに貰ったの」
「誰に?」
「…カレシ?」
「千帆にそんな人いたのね…」
心底意外そうにお母さんが呟く。
「今度、うちに連れていらっしゃい。会ってみたいわ、千帆が好きになった人」
「げえっ」
今度はあたしが驚いて、地獄にでも招かれたみたいな声を出してしまった。
「げえ、って。親なら、娘の選んだ人に会ってみたいと思うの当然なのに」
いやこの間お会いしましたよ? …ってのは、まさか言えない。うん。でもお母さん、ごめん。親不孝な娘で。
「今はちょっと無理。でも信じて、あたしが好きになった人」
お母さんの手を振りきって、あたしは家を出た。家になんか連れてきたら…ソットーするよ、お母さん。
お母さんから逃げるように、自転車を爆走させる。
けいちゃんには何も知らせないで来ちゃった。いるよね。5日も家空けてたんだから、あの掃除マニアが家ん中掃除機掛けまくってないわけがない。…でも、通路側の窓は開いてないなあ。
とりあえずインターホンを押しても、虚しくピンポーンが響くだけだった。え、ホントにいない?
…絶対いると思ったのに。さっき隠したポケットの合鍵を探る。でも、先にけいちゃんに連絡取ってからの方がいいかな。ドラマだと驚かそうと思って、合鍵使って中に入ったら、彼が女の人と裸でベッドに…なんてあるけど、けいちゃんだからな。
顔だけならやれそうだけど、他のありとあらゆる面で、あたしはその可能性を否定する。
いいや、入って待っちゃお。キーを挿しこんだ瞬間だった。
「千帆?」
けいちゃんの呑気な声が、アパートの外廊下に響いた。
v見るとけいちゃんは両手にエコバッグいっぱいの食料を抱えてた。
「買い物行ってたの?」
「うん、冷蔵庫空っぽだったから」
「おそうじタイムかと思った」
「そんなの昨日帰ってソッコー済ませたよ」
旅行から帰ってすぐ? …けいちゃんのきれい好き、甘く見てたらしい。
両手がふさがってるけいちゃんの代わりに鍵を開けて、ドアを開いた。
「お邪魔します」
と言って、いつ来ても綺麗なけいちゃんの家に入ろうとしたら、三和土でけいちゃんに抱きしめられた。
「もう、平気なの? 熱」
ぐりぐりっとけいちゃんはあたしのおでこに、自分のおでこをこすりつける。
「うん、もう平気」
「良かった」
大きく息をついてから、けいちゃんは額を離して、あたしの顔をまっ正面に見据える。
「ただいま、千帆」
「おかえり、けいちゃ…」
最後の音は、けいちゃんの口の中に飲み込まれていった。引き結んだ唇と歯列を割って、けいちゃんの舌が入ってくる。上顎の裏も、舌もひと通りなめ尽くしてから、けいちゃんはあたしから離れた。
「ホントだ、この間病院でちゅーした時と温度違う…」
って、どーゆー体温の測り方、してんだ、この人。
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