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先生≠彼【完】
♯9


妙に漂う緊張感。どうしよ、何から言えばいい? 言わなきゃいけないことが、沢山ある。
あのね、けいちゃん、沖本さんにバレちゃったかもしれない。あたしたちのこと。指輪を投げたのも、彼女なの。


「あのね、けいちゃん…沖本」

けど、あたしの言葉をけいちゃんは唇に手を置いて遮った。


「いいよ、千帆。今は、ゆっくり休みな」

優しく目を細めて言われて、あたしは頷かざるを得なくなる。


「う、うん…」
「ごめん、千帆。不謹慎なんだけど…ちょっと嬉しいと思っちゃった」

なんか、けいちゃんらしいな。つい、あたしも頬が緩んじゃった。それどころじゃないはずなのに。でも、そんなことどうでもよくなっちゃう。


「熱どう?」

けいちゃんはあたしの寝てる脇に手をついて、あたしのもう片方の手であたしの前髪をかき分けた。ぴたっとおでこをくっつけられる。けいちゃんの顔が間近にあって、またかあぁっと顔が内側から火照ってく。


「まだ高いよなあ」

いや、こんなことされたら、熱上がるし。


口をぱくぱくさせてたら、「千帆、金魚みたい。酸素分けてあげよっか?」って笑われて、キスされた。
「やっぱり千帆とするキスサイコー、気持ちいい。もっとしてもいい?」
「…だ、だめ」

あたしはじりじりとお尻をベッドの上で動かす。けど、すぐに枕元のパイプにぶつかってしまう。逃げ場がないあたしに、けいちゃんはあたしのベッドに片足乗せて迫ってくる。


「…何で?」
「う、移るから」
「いいよ、千帆の風邪なら貰ってあげる。ってことはこれで同意だよね」

すっごい強引な解釈に、あたしが口を挟む間もなく、2回めのキスは、もっと深くなる。差し込まれたけいちゃんの舌は、冷たくて気持ち良かった。


「目潤んでるし、顔紅いし、なんか、千帆の反応誤解しちゃいそうになるね。扇情的」

ゆっくりキスを解いてから、けいちゃんはあたしの頬に掌を滑らせて、そんなことを言う。顔も身体も熱くて、蕩けそうなのは、でも、熱のせいだけじゃないよ、けいちゃん。


「とんでもない修学旅行と誕生日になっちゃったよな」
「…あたし、ハウステンボス行きたかった」

けいちゃんともっと思い出作りたかった。


「うん、俺も千帆と行きたかった。今度、連れてってやるよ、ふたりで行こ? ハウステンボス」
「…ホント?」
「ああ」

けいちゃんはまたあたしの額に手を置いた。あたしのおでこは広くなくって、けいちゃんの手はおっきいから、目蓋のすぐ上まで覆われて、自然にあたしは目を閉じた。


「俺の手、冷たくて気持ちいい?」

あたしは素直にうん、と頷く。昔、お母さんにしてもらったことある。懐かしくてほっとする感じ。ゆらゆらと眠りの淵に落ちていってしまいそうな…。


「眠っていいよ、千帆」
「傍に…いてくれる?」
「うん」
「けいちゃん…、もう1回キスして?」
「いいよ」

1回って言ったのに、けいちゃんは2回、あたしに唇を落とした。1回目は「お誕生日おめでとう」そして2回目は「おやすみ」って囁きながら。優しいキスに、胸が詰まって、涙がこぼれそうになる。

けいちゃん、あたし、この旅行のこと、きっと一生忘れない。嫌なこともあったけど、きっと何年か後には、ホテルの屋上や、このベッドの上で、けいちゃんと交わしたキスだけが、濾過されて透き通った水みたいに、あたしの中に残る…そんな気がする。




目が覚めたらけいちゃんはいなくって、お母さんが心配そうにあたしを見てた。わざわざこんな遠くまで来てくれたのに、がっかりしたあたしは、親不孝だと思う。でも、下降していく気持ちを抑えられない。



…けいちゃんの嘘つき。






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あきゅろす。
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