先生≠彼【完】
♯3
SIDE Keishi
「遠藤先生」
朝食を終えて、部屋に戻ろうとしたら、沖本が近くに寄ってきた。図書室での一件後も、沖本は変わらず俺に付きまとってくる。
「先生先生」
と寄ってくる様は、いじらしいのかもしれない。千帆の視線さえ、気にならなければ。
「何?」
「売店に可愛いストラップ売ってたんです。見に行きたい」
「行けば? まだ時間あるんじゃない?」
冷たく言うと、沖本はぷう、と頬を膨らます。それからとんでもない爆弾を落としてきた。
「そういえば、この間、先生のズボンのおしりのポケットから、可愛い袋覗いてましたよ。アクセサリーかなんた入ってそうなの」
沖本は楽しそうに含み笑いをして、俺の反応をうかがうようにこっちを見た。
千帆に渡した早目のバースデープレゼント。見られてた? 何で、何処で。めぐるギモンは顔に出さないようにして、俺も彼女に合わせるように笑った。
「姪へのおみやげだよ」
「先生の姪御さんが羨ましいな。「あたし、今日誕生日なんです。プレゼント買って欲しいとは言わないですけど、せめて選んでもらうくらいダメですか?」
「え、お前も?」
「お前も、って他に誰かいるんですか? お誕生日の人」
「え…?」
ホントは全部バレてんじゃないのか? この子には。
小出しにされる情報にビクつきながら、ガラス雑貨が豊富なおみやげ屋にふたりで入った。
その場面を見た千帆が、何を思うかなんて考えもせずに。
ガラス越しの千帆は、俺の姿を見つけるなり、悲しそうな顔になった。真一文字に引き結んだ唇の両端が下がってく。泣くのを我慢してる顔だ。
「春日、今日一緒に回らない?」
千帆を慰めるような酒井の誘いに、千帆は俺の目をちらちら見ながら頷いてた。
「やめろ」と一言言えば、多分千帆は行かなかったんだろう。会話は容易に出来る。腕だって伸ばせば届く。
けど、何も出来ない距離が立場が死ぬほどもどかしかった。
あれから、まだ時計の長針は三回転もしやしてない。
海に面しただだっ広い平面駐車場には俺達と同じような修学旅行の団体バスが何台も停まってる。
待っているだけの時間は、余りにも手持ち無沙汰で、思わず空を見た。雲ひとつない。雨が多い長崎で、この梅雨時にこんな晴天は珍しい、とバスの運ちゃんが言ってたけど、それをラッキーだと喜ぶ気にはならなかった。
「暇そうですね、遠藤先生」
ふう、とついた溜息に気がついて、隣に座ってた本田先生が笑う。
「いや、実際暇ですよね」
駐車場の脇に置かれたパイプ椅子に腰掛けてかれこれ2時間。ここで待機し、戻ってきた生徒のチェックをするのと、なにかトラブルが発生した時にすぐに対応するのが、今日の俺と本田先生の任務だ。
他の先生は生徒の見回りと称して、あちこち観光してるのだけど。自由行動の際の留守番役なんて、つくづくやるもんじゃない。
「まあ…でも僕達は暇な方がいいんじゃないですか? ほら、警察や消防と一緒ですよ」
そりゃそうか。俺がここから動く、ってことは即ち生徒に何かあった、ってことだ。このまま何事もなく旅行を終えた方がいいに決まってる。
「先にお昼行ってきたらどうですか? 美味しいものでも食べれば気が紛れるでしょ」
どちらかは必ずここに残ってろ、と言われてる。だから昼も交代だ。正直、食欲は余りなかった。
「いえ。でしたら、先に本田先生どうぞ。僕はあとでいいです」
「そうですか? じゃあ…」
本田先生は立ち上がる。何処か目当ての店でもあるのか、迷いのない足取りで行ってしまった。
ひとり残された俺は、もうひとつ盛大に溜息をついた。本来なら今日があいつの誕生日。
(今頃、何やってんのかねえ、千帆…)
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