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先生≠彼【完】
♯10

3日めは熊本に戻って、船で島原に抜ける。やっと天気は晴れて、空の青と海の青のコントラストが綺麗だった。船室があるのだけど、あたしは船酔いしやすいから、風を感じようと甲板に出て、すぐに後悔する。

…カップルばっかりじゃん。

修旅ニワカカップルから、公認のカップルまで、みんなにベンチや手すりを占領されてる。

うう、どうしよ。お一人様禁止なんて何処にも書いてないけど、この居心地の悪さ。戻ろうと来た階段の方に目をやると、またひとり来た。


「よ」

と軽く声を掛けられて、あたしは彼に微笑み返した。


「どうしたの? 酒井くん」
「いや、春日が上がってくのが見えたから…」

酒井くんは当然のような顔で、あたしの隣に立った。何か、これじゃ…あたしと酒井くんもそういう風に誤解されそうな…。

ちらっと横顔を見上げたけど、酒井くんは「あ、島が見えてきたぞ。あれ、無人島かな。無人島って、やたらテンション上がるよな、男のロマン」とか「お、カモメだ。春日餌持ってない?」ってはしゃいでて、楽しそうだ。

なんていうか、しっとりまったりと言った他のふたり組から、あたしたちは明らかに浮いてる。付き合ってるわけじゃないんだから、当然か。


「酒井くん」
「おう」
「餌はないけど、お菓子があった」
「ちょうだいちょうだい」

バッグに入れてたスナック菓子を掌に載せると、カモメがさっと来て啄んでいく。船体から少し身を乗り出すと、風が一層強く吹き付けて、あたしの髪を乱してく。


「やだ、髪の毛口の中入っちゃった」

掌にお菓子を載せてて、カモメがわらわらと寄ってくるしで、口の中の一筋の髪が取りにくい。


「ばか、何やってんの」
「だ、って風強いし…」
「取ってやるからじっとしてろ、って」

酒井くんはあたしの肩を掴んで、海側から甲板側に身体の向きを変える。風が向かい風から追い風になった。酒井くんはあたしの右肩に手を置いたまま、あたしの髪にもう一方の手をのばす。真顔の酒井くんと目があって、あたしははっと我に返る。


(ヤバイヤバすぎる、この構図…)


「あ、平気。髪もグチャグチャだから、鏡見て直してくる。これ、よろしく」

宙に浮いてた酒井くんの手をぱっと取って、その上にくだけたスナックを載せて、あたしは船内の化粧室に駆け込んだ。



甲板には戻りにくくて、船室に戻った。女の子たちとトランプやってた七海が、あたしに声を掛けてくる。


「ちぃ、どうしたの? 顔真っ赤。で、髪の毛ボッサボサ」
「…カモメに餌あげてたらこうなった」
「あー、下手に食べ物あげると襲われるよね」

襲われたのはカモメにじゃないんだけどね。いや、襲われた、って表現も正しくないかもだけど…。いっつもばかなことばっか言ってる酒井くんが、たまにマジな顔すると、結構焦る。

七海はくすっと笑って、あたしの後ろ髪を両側から軽く掴む。


「これから行く島原も半島だから、風強いよ。可愛く結んであげる」

肩につくくらいの長さだから、普段は緩く内側に巻いて、前髪真っ直ぐおろしてる。けど、七海はサイドを編み込みにして、後ろでハーフアップにしてくれた。前髪を右斜めに流してピンで留めると、2才くらい大人びたあたしがいた。


「すごっ」
「美容師志望ですから。可愛いっしょ」
「うん」

そんなことしてる間に船は島原に着く。海を背にクラス毎の集合写真を撮るとかで、1組から順に集合掛けられてる。

もしかして。


「これ、だから…?」

さっき七海がセットしてくれた髪に手をやった。あたしのクエスチョンに七海は無言のまま、にっと笑ってピースする。


「可愛く映りたいでしょ?」

そして、あたしの身体をうまくけいちゃんの隣に押し込んでくれた。


「あれ、春日可愛くなってる」
「……」

けいちゃんはさりげなく笑顔で褒めてくれたけど、クラスの子の前でどういう反応していいかわからなくって、あたしは俯いた。すぐにカメラマンさんに「先生の隣の子、顔上げて〜」って言われちゃうんだけど。


3年4組37名のクラス写真。でも、あたしとけいちゃんのツーショット写真。宝物が増えてく。


写真のあとはバラけて、辺りを散策した。今あたしたちが渡って来た海があって、空が綺麗で、青空の下にお城が聳える。


「いいとこですね、先生」
「この辺りで昔、凄惨な戦争あったんだけどね。きっと夥しい血が流れてるはず、ほら、春日の足元も」
「えっ」

指さされて、思わず下を向いてしまった。もちろん何もない。


「うそうそ、本当の戦場はもっとあっちかな」

と、一瞬ひやっとしたあたしを笑って、けいちゃんは立ってる位置からだいぶ南を指さした。


「先生、意地悪っ」

あたしがむくれると、けいちゃんはポケットに手を突っ込んだまま、ちょっとだけ腰を屈めて、あたしに耳打ちした。


「誰かといちゃついてるからだよ」
「…先生、見てたの?」

けいちゃんの息がかかった耳を押さえる。かーっと身体が熱くなった。


ドキドキハラハラヒヤヒヤ。あたしの感情がこんなにも忙しいのは、けいちゃんのせいなのにな。




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あきゅろす。
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