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先生≠彼【完】
#4

旅行2日め。今日も雨が降ってる。折りたたみ傘の花が、一斉に開いて駐車場に向かうのを、あたしは窓の外から見ていた。


昨日の乱入事件発覚で、あたしたちは全員午前中は宿に残って反省文…という厳しい処分を受けた。


「今日何処行ってるんだっけ、みんな」

シャーペンをくるくる回しながら、酒井くんがぼやく。


「熊本城でしょ?」
「ああ、くまもんのお城…」

違うよ。とみんな思ったけど、突っ込む元気もないのか、そのまま酒井くんのボケは放置された。


「遠藤先生のクラスですよね。全く、嘆かわしい」

あのあと、学年主任の先生や他のクラスの先生まで来て、あたしたちはこってり怒られた。担任の先生が監督不行き届きだから、どうたらこうたら…って、けいちゃんまで怒られてた。


あたしが、普通に返事してたらバレなかったのかな。けいちゃんが担任じゃなかったら、バレなかったのかな。連帯責任だから、みんなに申し訳ない。びっちり謝罪と反省で埋めなさい、と言われた原稿用紙はまだ名前しか書いてない。


けいちゃんは、あたしたちを置いて、クラスのみんなと熊本城に行っちゃった。今、あたし達は宿の宴会場みたいなところに、長机並べて、畳に正座で座らせてる。監視は、うちのクラスの副担任の島崎先生。もう、おばちゃんの古典の先生だ。


あーあ、せっかくの修学旅行なのに。けいちゃんといい思い出作るどころの話じゃ、全然なくなってる。


「ちぃ、けいちゃんとあれから話した?」

隣の席の七海がこっそり訊いてくる。


「まさか。とてもそんな暇も勇気も…」
「そっか」

誕生日どころじゃなくなっちゃった。うん、黙ってて良かった。帰るまでにけいちゃんに直接謝りたいなあ。


午前中は暗い空気の中で、作文を書いて、あたし達はバスで他の生徒が食事をしてるレストランに合流した。午後はバスで阿蘇の山に向かう。草千里と言われるだけあって、行っても行っても緑が広がる。

雄大な景色。何もない贅沢。広々とした草原は、雨上がりで一層緑が鮮やかに映えて、落ちて落ちて、狭くなってた心が、ふわりと軽くなってく。


今日、夕ごはんの後、けいちゃんに謝ろ。生徒として謝るんだったら、問題ないよね、うん。


けど夕食後。

やっぱり今日もけいちゃんの周りは、人だかりが出来てた。先生たちはみんなが食事をしてから食べるから、まだけいちゃん食べてるのに、全然、付け入る隙がない…。諦めて部屋に戻った。今日は七海とふたりだから、昨日みたいなことはないし。


「ちぃ、平気?」

明らかに元気のないあたしに、七海が声を掛けてくる。


「うん」

あたしはメールしようかどうか迷って、スマホの画面を開いてた。さっきから打ち込んでは消してるごめんなさい、の文章。送信できないでいると、けいちゃんの方からメールが来た。

余りのタイミングの良さに驚いて、震える指で画面を操作する。


「七海、ちょっと出てくる」

見た瞬間にあたしは部屋を飛び出した。



――突き当りの非常口の扉の中に来て


短い文章。これだけじゃ、けいちゃんが怒ってるかどうかなんてわかんない。でも、とにかく行かなきゃ。

逸る気持ちのままに、廊下を駆け抜ける。

周囲に誰もいないの確認してから、あたしは緑のライトの下の重たい扉をそうっと開けた。でも、誰もいない。非常用の階段があるだけだ。けいちゃんは、まだ来てないのかな…、キョロキョロしてると上からくすくす笑い声がした。


「今日は部屋に来客いないのか?」

階段の踊場から、けいちゃんが顔を出して、そうあたしをからかった。


「…いないもん」
「熊本城楽しかったよ。いろんな仕掛けいっぱいあって。春日も来たら良かったのに」
「意地悪言うために、先生はあたしを呼び出したんですか?」

わざと生徒モードの口調で言うと、けいちゃんがあたしを手招きした。


「おいで、千帆」

あたしがついていくと、けいちゃんは非常階段を最上階まで上がる。そして、いちばん上のいちばん奥の扉に手を掛けた。


その先は建物の屋上。打ちっぱなしのコンクリの何の変哲もない屋上だけど。


「空、見上げてみ、千帆」

言われて、あたしは上を見る。


「わあ…」

漆黒の闇に無数の星が瞬く。いつもあたしが見てる夜空とはまるで違う世界が広がってた。



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