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先生≠彼【完】
#1

福岡空港は、曇天に包まれてた。いつ、雨が降り出してもおかしくなさそうな、どんよりとした空。

週間予報、全部まとめて傘マークついてたもんな…。一昨日気象庁が梅雨入り発表してたしな…。

何でこんな時期に修学旅行が行われるのか。まるでこの先に起こる何かを暗示してるような………


「ひゃっほー。九州初上陸」

だけど、そんな悪天候は全く歯牙にも掛けない人もいる。わざわざ足を揃えてジャンプして、酒井くんはボーティングブリッジに降り立った。


無事に、追試も終わって、今日から修学旅行。


「今日、何処行くんだっけ」

酒井くんがあたしに訊く。


「太宰府天満宮じゃなかったっけ」

あたしもそんなにしっかり旅程表、読み込んでないけど。


「あーそうそう。それそれ。なんか、母さんがあんたばかなんだから、しっかり拝んでき
なさい、って言われた。…何で?」

酒井くん、あたしに聞かないでよ。人選誤ってる。


「学問の神様だから?」

よく聞くフレーズをあたしは酒井くんに伝える。


「頭のいい神様なんだ。てか、神様にも頭いいのとか、悪いのとかいるんだな」

酒井くんがぼそっと呟いてたら。

「祭神は菅原道真。宇多天皇に登用されて、右大臣にまで登りつめた人だよ。学者としても有名で、生家は位が低いにも関わらず、個人の能力を買われて出世したから、学問の神様として、崇められてる…」

ウィキでも丸暗記したような模範的な説明が、酒井くんの後ろから降ってきた。


「け…先生」
「遠藤ちゃん」

制服のあたし達とは違って、今日のけいちゃんは黒のポロシャツに白いスキニーのパンツにスニーカー。いつもは、もうちょい私服のセンスいいのに、微妙にゴルフウェアなのは、他の先生との釣り合いも考えてかな。


「ちなみにこの辺、先週授業でやったんだけどな。お前ら、全然記憶に残ってないんだな」

反応の悪いあたしたちに絶望したように、けいちゃんは溜息をつく。


「遠藤先生、そんなの覚えてたら、日本史追試にならないですよ」

と、けいちゃんの後ろからコバンザメみたいにひっついてきて、失礼極まりないこと言ったのは、沖本さんだった。何で、隣のクラスの貴女が、うちのクラスの列に混じってるの?

でも、あたしと酒井くんが追試になったせいで、沖本さんに図書委員の当番、変わってもらったから強く出れない。

恋敵に借りを作るなんてめっちゃシャクだったけど、他にいなかったのだ。ちなみにけいちゃん情報に拠ると、彼女は日本史のテスト、学年で3番だったらしい。ま、あれだけ、けいちゃんに付きまとって、質問攻めにしてれば、成績だっていい…?

いや、マンツーマンでもダメな人はダメだよね。追試も合格点の、すれすれだったもんね、あたし。でも、あの時は結局けいちゃんが…。


「…が、春日」

あたしのとっちらかった意識を、こっちに引き戻すように、けいちゃんに強く呼ばれた。


「は、はいぃぃっ」
「ぼーっとしてるとはぐれるぞ」

見ると、うちのクラスは遥か先に進んで行ってる。もちろん沖本さんもいなくなって、あたしの周りには酒井くんと七海とけいちゃんだけが、立ってた。

みんな、早い。いつの間に? 慌ててダッシュして前列に追いつく。



こうして、あたしにもけいちゃんにも、波乱尽くしの修学旅行の幕は開けた。



天満宮についた時には、少し雨が降り出してた。折りたたみ傘を出すほどじゃない、雨粒の小さな霧雨。まだ志望校も決めてないのに、受験が成功するようにお参りして、七海とお揃いの合格祈願守りも買った。


ふたりでぷらぷら石畳の参道を歩いていたら、目につくものがあった。

バスの集合時間があと10分と迫ってるのに、けいちゃんの周りには、あちこちのクラスの女の子が群がってた。

「写真一緒に撮ってくださ〜い」とか「先生、おみくじ引いた?」とか。学校行事の一環ではあるけど、授業とはまた違うから、女の子達もより積極的だ。


「相変わらず凄いね…。背高いからわかるけど、あれであと10センチ低かったら、埋没しちゃってうちら、担任見失っちゃう」

七海がそんなけいちゃんを横目に、ポツリと言う。それから、あたしの横にこそこそとカニ歩きで近づいてきて、耳打ちする。


「ねえ、誕生日、何か約束した?」
「ううん。約束どころか、誕生日だって、教えてもない」
「え〜」

何で、と七海は不満げにあたしに詰め寄る。


「だってさあ、どうせ無理だもん。あたし、職員用のしおりも見ちゃった。もっと細かくてもっと忙しいの。食事の誘導から就寝前後の見回りから。教えちゃうとサプライズとかけいちゃん何かしてくれないかな、とか期待しちゃうじゃん。だから言わなかった」

旅行から戻ってから、18才になったこと教えた時に『おめでとう』って言ってくれて、知らなかった、って悔しがってくれれば、それでいい。


「ちぃ、健気過ぎるよぉ。愛人みたい」

あたしがよっぽど不憫に見えたか、七海はあたしの肩にしがみついてきた。え、そこまで日陰人生じゃないよ。今年1年だけのことだし。


けいちゃんと一緒の写真は、何処かで撮りたいなあ…なんて、願望はあったりするけど。



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あきゅろす。
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