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先生≠彼【完】
#9

昨日の放課後、俺は千帆と図書室にいた。ふたりだけで。

些細な行き違いで衝突して、千帆は教室で俺と目も合わせなかった。無視されてるのがわかると、余計に彼女ばかり目で追ってしまう。教師と生徒の恋が禁じられてるのって、結局こういうことにも一因があるわけだ。

なるべく全ての生徒を平等に見ようと思っても、絶対に絶対に特別扱いしてしまうから。


「言い過ぎた、ごめん」それが言いたいだけなのに、現実は話しかけるきっかけすらない。電話よりやっぱり直接言いたかった。千帆の顔を見て。


職員室に戻ろうとした時、脱兎みたいに図書室に駆け込む千帆を見て、慌てて追いかけた。誰も居ないのを確認してから、後ろから抱きしめると、千帆の心臓がセーラー服のリボンを揺らすくらい、ばくばく大きくせわしなく動いてた。

千帆に触れてると俺は安心するのに、千帆はドキドキして仕方ないらしい。


ほんの10分くらい、千帆と話して、最後に唇を掠めるだけのキスをして、俺は図書室を出た。


その時には入り口でも付近の廊下でも誰にも会わなかった――俺の回想に死角はない。


「そう。それが?」

まさか見られてないよな? 動揺を隠して、沖本の次の言葉を待つ。


「閉館中、って書いてあったから中に入らなかったんです。でも昨日は普通に図書室開ける日ですよね? 先生、何かご存じですか?」

大きな瞳で、沖本は俺を見つめる。こっちの後ろめたさを見透かそうとしてるみたいだ…と思ってしまうのは、実際こっちに疚しさがあるせいか。


「中に、大きなねずみがいる、って通報あってね。パニックになるといけないから、一旦締めきって捕まえてた。すぐにまた、開館の札提げ直したけどね。間が悪かったみたいだね」
「そんなことあったんですね。こわ〜い」
「うん、中に入らなくて正解だったと思うよ」

なんとか誤魔化せたかな。胸をなでおろしたのも束の間だった。


「でも、先生、あたしがもう1回図書室行ったら、春日さんが図書室から出てきたのはどうしてですか?」

…こえ〜な、この子。ホントはずっと張り付いてたんじゃないか? 何もかも知っていて、少しずつカードを出して追い詰めようとしてる…危惧は胸の内に収めて、顔はなるべく平静を装った。


「春日には会わなかったからなあ。そこまでは」

しらばっくれた俺の返事を沖本が信じたかどうかは知らない。


「そうですか」

沖本はがっかりしたように相槌を打った。彼女を残して、職員室に戻って、大きく溜息をつく。


学校での秘密の恋なんて、つくづくするもんじゃない。


次の日は、朝イチで俺は木塚に掴まった。どうしても話したいことがある、と木塚は元から鋭い一重の目を尚更光らせた。


「今日は彼女ですか。本当に大人気で羨ましい」

本田先生の本音なんだかやっかみなんだかわからない台詞はうっちゃって、とりあえず廊下に出た。

生徒の登校時間のピークにはまだ早い。運動部は朝練してるし、教室も廊下にも生徒の姿は殆どなかった。それなのに。


「先生、あたし聞いちゃいました、ちぃから」

木塚は慎重に言葉を選んで、そう言った。第三者が聞いても何のことだかさっぱりわからない会話をしてくれた彼女の気遣いに感謝。


「そう…それで? 俺のこと軽蔑する?」
「しません。寧ろ『けいちゃん』が、保身に走って、千帆と別れた時の方が、したと思います。残念イケメンとか言ってますけど、ちぃはけいちゃんのこと大好きだから。それは、見ててわかるから」

残念イケメン…あー、そうなんだ、俺って千帆の中でそういう評価なんだ。なにげに傷つく。


「ありがと」

苦笑いしながら伝えると、俺のためじゃない、とでも言いたげに木塚の表情はきゅっと引き締まった。


「先生が引きずり込んだんだから、千帆のこと最後まで守ってくださいね。面倒になって捨てたりとかナシですよ」

木塚は大まじめに俺に釘をさしてくる。千帆はいい友達持ってるんだな。彼女になら…と秘密を打ち明けた千帆の心理も頷けた。


「その心配はいらねえよ」

千帆との交際を続けるかどうかなんて、大して迷いもしなかったし。


ルールなんて時代に拠って地域に拠って変わる。結局は国をスムーズに運営させるために権力者が創りだしたもの。

たとえば最初から俺が先生で、千帆が生徒だったらまだ違ったけど、あとから割り込んできたルールとか規範に、俺達が飲み込まれるのは、嫌だと思った。


「けど、俺は常にあいつの隣にいれるわけじゃないから、そういう時のフォローは頼むよ、木塚」


厄介なのもいるし。あいつとかあいつとか。

中間試験が終わったら、修学旅行もある。行事のオンパレードに目が回りそうだった。





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あきゅろす。
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