先生≠彼【完】
#3
夜になって、けいちゃんから電話があった。
高校教師は見た目以上に大変らしく、けいちゃんの帰りもいつも遅い。今も、夜9時を回ってる。
いつも帰ってきてすぐにあたしに連絡をくれるから、けいちゃんがキッチンに立って、夜ご飯を作りながら…ってのが殆ど。時々聞こえる操作音は、肩と耳にスマホを挟んでるから、思わぬところを押しちゃって、出るものなんだと思う。
今もけいちゃんの声と水音が響いてた。
その水の音がしなくなってから、けいちゃんがポツリと言った。
「千帆さあ、酒井となんかあるの?」
普段の声より低いけいちゃんの声。探りをいれるような言い方も、らしくない。
「なんか…って?」
「今日も一緒に帰ってたし、そもそも委員会決める時だって、仲良く手繋いで立候補だろ?」
「手を繋いでたわけじゃ…」
あれは、逃げないように掴まれた、のが正しい。だから、けいちゃんの仲良く、って認識は間違ってる。
「あんまりさあ、見せつけるようなことすんなよ」
イラッとしたように、けいちゃんに言われて、あたしはカチンと来てしまった。
「み、せつけてなんてないよっ。そんなこと言ったら、けいちゃんだって、沖本さんとイチャイチャしてるじゃん」
「イチャイチャ? 俺が? いつ」
「こないだの公園の時も、頭撫でてたし」
「犬のだろ」
「今日だって、予定聞いてたし」
「あれは、千帆と彼女が鉢合わせないようにだろ? 大体、学校での交友関係に口出ししないルールでしょ?」
「先にけいちゃんが、口出ししてきたんじゃない」
もんのすごいくだんない痴話げんか。でも、止まらない。
「夜になって電話でぐちぐち言うくらいだったら、あの時に言えばいいじゃん。やめろ、って。一緒になんて帰るな、って」
でも、けいちゃんは酒井くんに、あたしは沖本さんに。
ずっとモヤモヤしてたもの抱えてたんだと思う。自分でも気づかないうちに。
だから、それが爆発したって感じ。こんな怒り方するくらいなら、もっと早くに言えばよかったのに。
バン!と何かを叩きつけるような音が機器越しに届いて、あたしはブルっと肩を震わせた。
「それが出来たら俺だって…」
いっつもほわほわしてるけいちゃんの、こんな苦しそうな声を初めて聞いた。
俺だって…何?
でも、ぷちっと通話はそこで切れた。
けいちゃんとのつながりがシャットアウトされた証を聞きながら、鼻の奥にツンと涙がこみ上げた。とっくに、あたしは自分の言ったことを後悔してた。
初めてケンカなんてしちゃった…。
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