先生≠彼【完】
#2
あたしが全身を硬直させると同時に、けいちゃんも目を丸くしてた。
でも、同じクラス同じ委員。そして席も近いから、授業の合間とかに酒井くんとはよく喋る。
クラスでいちばん仲のいい男の子、と言ってもいいくらい。
い、一緒に帰るくらいなら普通だよね。やましいことないし。けいちゃんも何も言わないで、ただ黙ってあたしを見てた。
「あ、う、うん。いいよ」
あたしは酒井くんと並んで図書室を出た。背中にけいちゃんの視線を感じながら。
「すっかり遅くなっちまったな」
昇降口で靴を履き替え、駅までの一本道を酒井くんと歩く。なだらかなコンクリートの坂道に、あたしと酒井くんの影が、色濃く映された。
「うん、そうだね。でも当番の日はもっと遅いでしょ」
週に一度、交代で図書カウンターの仕事と、隔月の書庫の整理。あたしたちの仕事はそんな感じらしい。文化祭や体育祭の実行委員みたいに、大きな行事があるわけじゃないから、淡々とした日常の業務をこなせばいい。
つまらないかもしれないけれど、楽そうだった。沖本さんとも当番の日が違うから、そんなに顔をあわせることもないだろうし。
「したら、毎回一緒に帰れるな」
酒井くんに言われて歩みが止まった。そう、同じクラスだから彼とは当番の日が一緒だ。毎週水曜。放課後5時半まで。
「え、え、ええっと」
困惑をあたしは隠さなかったのだろう。酒井くんが、ちょっと気を使うように訊いてくる。
「あれ? 春日って彼氏とかいたっけ」
いるよ。さっきまで目の前にいたじゃん。いつも、授業やってるじゃん。…と、言えたらどんなにいいだろう、と思いつつ、あたしは半分ホント、半分嘘の答えを酒井くんに返した。
「う、うん…いるよ。年上だから同じ学校じゃないけど」
「あ、そうなんだ。俺の知らないやつか。あ〜、だから春日って遠藤ちゃんもスルーなのな」
酒井くんはあっさり納得する。なんの屈託もなくて、酒井くんてもしかしてあたしを…なんて、自惚れがかすめた自分が恥ずかしいくらい。
「じゃ、他の男とふたりきりとかまずい? 彼氏って、独占欲とか強い方?」
どうなんだろ。けいちゃんにヤキモチって妬かれたことないや。そもそもハタチも過ぎた社会人が、高校生の、それも自分の教え子に妬いたりしないよね?
「そんなことはないと思う」
「じゃ、いいよな」
提げてたスポーツバッグを肩に担ぎ上げて、酒井くんはまた白い歯を見せて笑う。
「うん」
いつも何が「いい」のかよくわかんないけど、あたしはまたその笑顔につられて笑ってしまった。
坂道を降りきったところにある踏切が、警報を鳴らしてる。まだ半分も降りきってないのに、赤色の矢印の向きを見て。
「あ、俺の方だ」
反射的に酒井くんは走りだす。え、今からで間に合うの?
「じゃーな、春日。また明日」
酒井くんは思ったままを口にして、思ったまま行動する。一緒に歩いたの結局5分くらいじゃん。
でもその奔放さが、嫌な感じではなくて、走りだして5メートルくらいしてから、振り返って両手で大きく手を振る酒井くんに、あたしも笑顔で手を振り返してた。
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