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先生≠彼【完】
#10

「やば」

いちばん最初に気づいたのは、けいちゃんで一言そう呟いて、それとなく遊歩道を脇道に逸れた。


「あの子、隣のクラスの子…だよね?」

けいちゃんに言われて、あたしもサングラスを取って、確かめる。コーギーを連れた沖本さんが、こっちに向かってくる。幸いなことに、彼女はまだあたしたちに気づいていないようだった。


彼女いないんですか? なんて、けいちゃんに問い詰めてた彼女に、あたしとけいちゃんがふたりでいるとこなんて見られたら…。さーっと背筋が寒くなる。


「千帆はこのままUターンして、うちに戻って」
「けいちゃんは?」
「真っ直ぐ行って、公園大回りして戻る。別行動の方がいいだろ」

せっかくのデートを満喫することも出来ない、別行動に寂しくなったけど、ワガママは言えなかった。


「…うん」
「俺もすぐ帰るから」

けいちゃんは更に奥に進む。沖本さんはけいちゃんにすぐに気づいた。ふたりが立ち止まって挨拶し合ってる姿が目に入る。


あたしとけいちゃんが、同じ高校生同士だったら。

並んで手を繋いで歩いてるとこを、同じ学校の子に見られても、お互いちょっと恥ずかしくて気まずくて、視線逸らしてやり過ごしたり、逆にからかったりするだけで、終わる話。


なのに、今あたしはこそこそ隠れて、けいちゃんと沖本さんを木の影から見てる。

けいちゃんはあたしに背中を向けてるから、表情はわからないけど、沖本さんはこの偶然に驚きと喜びを隠せないカオ、してる。あの子やっぱり…。嫉妬なのかな、もやもやが更に強くなった。



今けいちゃんが、沖本さんのコーギーをしゃがみこんで撫でた。ご機嫌よく、けいちゃんに撫でられて、尻尾をフリフリしてる。けいちゃん、犬アレルギーだったら良かったのに。


あたしは、こそこそふたりの様子を覗き見してから、こっそりと踵を返す。とぼとぼとけいちゃんちに戻った。


でも、まだけいちゃんは帰ってなくて、あたしはアパートの外通路の手摺にまって、けいちゃんの帰りを待った。


暇つぶしにアプリのゲームやってみるけど、全然ダメ。気持ちがノッてないんだろうな。


10分くらいして、けいちゃんが戻ってきた。無言のまま。けいちゃんの後について、けいちゃんの家に入った。


「千帆」

靴を脱いで上がろうとした瞬間、あたしの視界はけいちゃんに閉ざされた。ぎゅううっっと、痛いくらいの強さで、けいちゃんに抱きしめられた。痛い。苦しい。

「ごめん、千帆」

けいちゃんはそう言って謝るけど、けいちゃんは悪くない。あたしだって、悪くない。


「…お帰り、けいちゃん」

あたしの腕は彼の身体を押し返すのではなく、逆にけいちゃんの背中を引き寄せる。けいちゃんの腕に抱きしめられて、けいちゃんの匂いに包まれて、安心したのに…どうして、泣きそうになるんだろ。


「これ、買ってきた」

あたしの身体をちょっとだけ離して、けいちゃんはポケットを探って、あたしの前にあるものをぶらつかせる。


アルファベットのCとKのチャームのついたキーホルダーに鍵がついてる。


「これって…」

まさかと思いながら、あたしはけいちゃんから貰ったキーホルダーを掌に載せた。


「うちの合鍵。千帆が持ってて」
「…い、いいの?」

嬉しい。けど、いいのかな。そんなためらいを、あたしは拭い切れずにけいちゃんに訊く。いいんだと、あたしにわからせるように、開いたままだったあたしの掌を、けいちゃんは自分の掌で覆って握らせる。


「千帆に持ってて欲しいんだ。多分さ、これからもこんなことしょっちゅうあるよ。その度に千帆にいやな思いさせたくない。会いたいときはいつでも来ていいよ。あ、ただし、試験前はだめだけど」
「…うん」

小さな鍵に込められたけいちゃんの気持ちが嬉しくて、涙が出てきた。


ひとつずつ決まってくふたりのルール。

制限付きの恋。不自由な交際。
でも、けいちゃんが好きだから、頑張れた。頑張れると、思ってた。


一緒にいるための努力だったら、何でもする。


けど。

あたしはその想いを貫き通せるほど、強くなかった…。そのことに気づくのは、もっとあとだけど。



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あきゅろす。
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