先生≠彼【完】
♯10
「言わなかった?」
「ああ、そういえば…あの時」
『俺はもう幸せにしたい、たったひとりを決めちゃったから、みつきはみつきで幸せにしてくれる相手を探して』
俺が風邪で倒れた時、みつきの前で言い放った言葉をみつきも思い出したらしかった。
「そういう意味だとは思わなかった。って、貴方免職なんて食らったら元も子もないじゃない」
「クビになんてならないよ」
「相変わらず無意味に楽観的な人ね。そんなことどうして…」
「たかが恋愛沙汰だよ? 警察に捕まったわけでも、親からクレームが行ったわけでもない。千帆はあと3日で卒業だ。その後どうしようが、関知しないだろう。学校側としては、呆れるだろうけど、俺への忠告くらいで済ませるんじゃないの? わざわざ事を荒立てたりしない――」
俺の状況分析を聞いて、みつきはくすっと笑った。
「貴方の目論見通り行くこと祈ってるわ」
「…ありがと」
「変わらないわね、慧史…」
「変わったつもりだけど」
以前の俺なら、とっくに千帆の手なんて離してた。タブーを犯しても、それを乗り越えようなんて、そんなことは思わないで、適当にやり過ごしてたはず。
千帆を守りたい。それは千帆のためというより、俺のための戦いかもしれない。
授業を終えた俺は、校長室にすぐに向かった。
深呼吸してからノックをすると、「どうぞ」と中から促された。
窓を背に配された大きな机に校長がついて、その隣に教頭先生が立っている。
「話したいことがあるということでしたが、こちらから幾つか質問させて貰っていいですか?」
あの時と同じ、校長先生は飽くまでも穏やかに冷静に俺に尋ねる。教頭に手で促されて、俺はもう3歩前に詰めた。
「さっきのシーン、無理やり先生が女生徒を抱きしめたとかではないですね?」
昨今、教師の不祥事が多いからだろう、校長はまずそんなことを聞いてきた。
「違います」
「合意の上、ということですか?」
「はい」
「彼女と遠藤先生の関係は?」
一旦唾を飲み下して、俺は迷いなく宣言する。
「春日千帆は僕の婚約者です。卒業したら、入籍して一緒に暮らす約束をしています。もちろん、双方の両親も理解の上で」
流石にその答えは想定外だったらしい。校長も教頭も目を向いて絶句した。
「え、遠藤先生…本当ですか?」
上ずった声で、念を押して来たのは教頭の方だった。混乱した教師の妄想だなんて思われちゃ堪んない。なるべく冷静に答えた。
「事実です。春日の両親に確かめて頂いて構いません」
校長と教頭は目を見合わせて、頷き合ってから、校長が俺の前で電話を掛け始めた。…千帆も、もう帰ってるかな。あたしのせいで、って泣いてなきゃいいけど。
恐らく千帆のお母さんが話してるのだろう。さっき俺にしたのと似たような質問を、校長先生はいくつかしている。5分程…だろうか、話をしてから、校長先生は俺に言った。
「驚きましたが…事実なんですね」
「教師にあるまじき行為だというのは、自覚してます」
「だったらせめて、卒業までは待ってくれればいいのに」
教頭が愚痴っぽくひとりごちてから。
「君、まさかと思うけど手は出してないよね? 教員と生徒の猥褻行為は、懲戒免職モンだよ?」
そう、俺に詰め寄ってきた。
…いつから、してないっけ。あ〜、そっか、文化祭の夜だ。遠い記憶になりつつある千帆の肌の温もりを思いだしてから、またひとつ嘘を重ねた。
「出してません」
「本当に?」
「本当です、証拠って言われても困りますけど」
「まあ、それはそうだね」
と校長は尚も、俺にしつこく聞きたそうな教頭を窘めてから、意外なことを言った。
「僕の家内は、25年前の僕の教え子でね。だから気持ちはわかりますよ、遠藤先生。僕は、君ほどせっかちでないから、彼女が二十歳になるのを待って、求婚したけどね」
さらりと過去の自分のドラマを告白して、校長はにやりと笑った。…さっきの嘘はバレてるかもしれない。ま、いっか。
「事情はわかりました。今夜この生徒の家に行きます。遠藤先生もご同行願いますね」
その約束だけして、俺は退室を命じられた。
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