先生≠彼【完】
♯4
本命の入試のあとに、立て続けに私大の個別入試を受けた。あとから受けた方が先に、結果が出て、2校受けたうち、1校が合格、1校が不合格。
もし本命の大学に落ちてても、他に行くところが出来たから、後期日程には出願しなくて良くなって、受験勉強からは開放されたけど、まだ本命の結果が決まらない宙ぶらりんの日々。
久しぶりに、登校日があって、けいちゃんに会った。黒板に書く文字が相変わらず綺麗で、後ろ姿の伸びた襟足が会えない時間の経過を教えてくれてるみたいで、切なくなった。
あたしの視線に気づいたわけもないけど、けいちゃんは項の辺りに手を置いて、今後の説明をする。卒業式含めても、登校するのはあと3回。
「先生」姿のけいちゃんも、もうすぐ見納め。1年前に教師のけいちゃんを見た時は、けいちゃんがすごく遠く思えて、泣きそうなくらい寂しかったのに、卒業したら、朝、教室に入ってきた時に、真っ先にあたしに向けられる視線も、指先についたチョークの粉をハンカチで拭う姿も、見られなくなっちゃう。
私大受験に合格した子たちは、次々にけいちゃんに進路決定の報告をしてる。晴れがましいその顔が、けいちゃんから「おめでとう」って言われてるのが、羨ましくて、妬ましい。
「春日?」
両手で頬杖ついて、そんな感傷に浸ってたら、また丸めたA4用紙で、頭ぽんてされた。反射的に顔を上げると、けいちゃんがあたしを見下ろしてる。
「?」
「講堂行くよ、早く並んで」
気が付くと、あたし以外はみんな廊下に整列して、卒業式の予行演習に向かおうとしてる。やばい、全然気付かなかった。
「先生」
椅子を引いて立ち上がりながら、けいちゃんを呼んだ。
「ん?」
「あと…少しだね、高校生活」
「寂しい? 嬉しい?」
「…寂しい方が多いかも」
先生と生徒じゃなくなったら、もうこうやってこそこそ話したり、呼び名を変えたりしなくていい。でも「春日」ってけいちゃんに呼んでもらえなくなる。
「大変だったけど、この1年、あたし、すごく楽しかったです」
「寂しい」って思うのは、失ってしまうものへの未練なのかな。けいちゃんは、どう思ってる? 机に落とした視界に、ふいにけいちゃんの手が入った。
あたしの机を支えにして、けいちゃんは腰をかがめて、あたしに耳打ちした。
「俺もだよ、春日」
あたしとけいちゃんの二の腕が触れて、けいちゃんの息があたしの耳に掛かる。
たったそれだけの接触なのに、全身が震えた。こんなにどきどきするのは、秘密の関係だから。
けいちゃんも遠藤先生も、あたし、大好きだったんだ…。
先生と生徒。不自由な枠に縛られた付き合いから、もう少しで解放される…。
あと少し、だったのに。
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