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先生≠彼【完】
♯2


「コーヒーにしましょうか」

持ってたお茶の缶を戻して、俺は再びコーヒーの缶に手をのばす。千帆は大丈夫。俺が信じなくて、どうするんだ。


淹れたてのコーヒーを手に、職員室に戻ると、入り口で沖本が待っていた。クラス担任の本田先生に進路決定の報告に来たらしい。


沖本は確か推薦入試だったはずだ。内申書もいいから、彼女向きの方法だ。


「おはようございます、遠藤先生」

いつもキツイ顔だった沖本が、今日ばかりは開放感たっぷりに、顔全体を緩ませて笑ってる。早く千帆にも、そんな顔させてやりたいなあ。いつから、会ってないっけ。


『――あたしがいないと寂しい?』


この間の電話の時は強がったけれど、寂しさを自覚した時だった。


「沖本は先生の後輩になるんですよ」

本田先生が意外なことを言った。


「後輩?」

意味がわからなくて、もう一度聞き返すと、沖本と本田先生は、目を見合わせてくすくす笑ってた。


「後輩、って言っても…先生と同じ大学とかじゃなくて…わたし、史学科に進むんです。もっと自分なりに勉強したいと思って」
「ああ…」

と、俺は沖本の補足で納得する。そういう、ことか。そういや、俺との興味とは別に、歴史、好きそうではあったもんな。

趣味で学ぶには面白いけど、ぶっちゃけ実益性のない分野であることは間違いない。就職活動でありがたがれるのは、経済とか法学部の連中だ。


「物好きだね」

本音で言うと、沖本は「先生には言われたくないです」と、そっけなく言う。その後で。


「遠藤先生。ちょっとだけお時間もらえないですか?」

沖本は真剣な顔で俺にそう言ってきた。


SNS事件で散々脅かして以来、沖本が積極的に俺に関わってきたことはない。相変わらず、授業態度は真面目だったし、試験の成績も優秀だったけれど、個別の質問なんかはしてこなくなってた。


だから、一対一で話すのは、めちゃくちゃ久しぶり。…最近、千帆と会ってないから、変に勘ぐられるようなこと、ないよな。つい、身構えて接しちゃう自分に気づいておかしくなった。


「今ならいいよ。何?」

俺は沖本にそう答えてた。


ここじゃちょっと…と、沖本は俺を廊下に連れ出す。本来なら1時間目の授業が始まってる時間帯。ひとけのない廊下のひんやりとした空気が、俺を沖本を包んだ。

階段の裏側まで俺を誘導すると、沖本は不意打ちな質問をしてきた。


「先生の彼女、元気?」

そういえば、別の女を沖本は俺の彼女だと思い込んでるんだっけ。彼女に吐いた嘘を思い出しながら。

「ああ、元気だけど」

俺は無難な返事を返す。


「今もラブラブですか?」
「もちろん」

堂々と惚気けると、沖本はくすりと笑った。


「先生、わたし先生のこと、好きでした」
「……」

面と向かって言われるのは、初めてだったか? それでも今更な気がする告白に、俺は黙って沖本を見下ろす。

上目遣いに下から俺を見て、沖本はくすりと笑う。


「…教師をからかうなよ」
「からかってません。本気で好きだと思ってました…。だから、気を引きたくて色々してごめんなさい」

振り返ってみれば恥ずかしくて仕方ないのか、沖本は頻りにスカートを握りしめ直しながら言う。改めてそんなこと言わなくてもいいのに、言わずには、この学校を去れないとでも、言いたげな真剣さで。


「別にいいよ、それはもう。過去をほじくり返してあれこれ言うのも言われるのも、好きじゃない」

彼女が千帆にしたことを忘れたわけじゃないけど、沖本のためにも千帆のためにも、水に流すのがいちばんいいだろう。そう判断した。


「歴史の先生なのに?」
「歴史の先生だから。結局、長い長い時間の中では、いち個人の悩みやいざこざなんて、大抵は過去になれば、笑い飛ばせちゃう類のものばっかりだろ?」

どんなに窮地に陥っても、歯ぎしりしたくなるような場面になっても、何処かでなんとかなるか、と俯瞰的に客観視してしまう俺の癖。千帆に言わせると、楽天家の脳天気、ってことらしいけど。


「…わかる気がします。すごく好きだと思ったのに、きっと恋じゃなかったんです。だから、周りが見えてなくて、本当にすみません」

俺が驚くくらい、沖本はオトナな表情になって、自分をそう分析した。




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あきゅろす。
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