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先生≠彼【完】
♯1


SIDE Keishi


お湯が沸騰するまでの間に、給湯室の脇の壁のカレンダーを見た。

今日は千帆の本命の試験日だ。朝、行ってきます、のスタンプにレスだけはしたけれど…正直、それくらいしか出来ない自分がもどかしい。

今頃は会場に着いた頃かな…。今度は、センター試験の時みたいな失敗はやらないで欲しいけど。



毎日来る電話が、その日だけは一切なくて、教室に行ってみても、千帆のカバンはあるのに、本人はいない。木塚に聞いたら、千帆はさっき、教室を飛び出して行ったと言われた。


その場で追っかけられない立場に舌打ちしながら、HRは早めに切り上げて、放送室から千帆を呼び出した。逃げられると思ってるのかよ、つーか逃げてどうすんだよ、千帆。

素直に教室に戻っては来たものの、千帆は俺を見上げたまんま、言葉を途切れさせた。


「はい…先生、あの」

でも、言いたいことは何となくわかった。そもそも胸張れる結果だったら、すぐさま俺に連絡くれるはずだし、教室から逃げたりしないだろうし。


「タイムアウト、だな。――放課後、進路指導室来い。話聞いてやるから」

言いにくそうな千帆に、そう言うと、俺はひとまず職員室に戻った。


「自己採点表、持ってる?」

放課後、進路指導室に来た千帆に、俺は尋ねる。千帆はおずおずとその用紙を出してきた。結果は俺が想像した以上に悪くて、本人もかなり落ち込んでる。

彼氏として、担任の教師として。

彼女のために何が出来るか考えた。


失敗はもうしょうがない。覆せないんだから。俺が知りたいのは、その結果や原因じゃない。これから、お前がどうしたいか、だ。


「どうする? も、大学諦めて、俺のお嫁さんで、一生家にいる?」

わざと、千帆の負けず嫌いを煽るような台詞を俺は言った。


結局千帆は、志望校は変えなかった。大学に拠って、センター試験と入試の点数配分は違う。千帆の受ける学校は、合否を判定する際のセンターの比重はやや軽い。これが救いと言えば救い。


(五分五分ってとこかな…)

それも、千帆が入試で実力遺憾なく発揮して、という前提条件の元で、だ。


自分が受験した時よりも、よっぽど胃が重たかった。ピーとレトロな音を立てて、やかんが沸騰を知らせる。


コーヒーやめて、緑茶にしようかな。いつものコーヒー缶じゃなく、粉末のお茶の缶を手にした時だった。


「珍しいですね。遠藤先生」

背後から声を掛けられて、振り返ると隣のクラスの本田先生が立っていた。


「遠藤先生のコーヒー美味しいから、ご相伴にあずかろうと思ったのに」

俺の横に立って、本田先生はマグをもうひとつ用意する。しっかり一緒に飲むつもりらしい。


「ちょっと胃が重くて」
「ああ、受験ラッシュですもんね」
「正直、自分が代わりに受けたいくらいです」
「真面目ですね。遠藤先生。慣れますよ、すぐに。
どんなにこっちが心配してもねえ、結局生徒を導くところまでしか出来ないですからね。競馬で言ったら、調教師? 毎日毎日、飼い葉を替えて、ブラッシングをしてやって、厩舎の掃除をして、運動させて…でも、走るのは俺たちじゃないですからね。ゲートインしてしまったら、全く手が出せない」

流石に教師4年め。3年生の担任も2回めという本田先生の発言は言い得て妙だった。


「見てるだけしか出来ない歯がゆさですか」
「そう。その見守るのも、我々の仕事ですよ、遠藤先生」

自分の時以上に気がかり…多分、こんな思いをするのは、今年が最初で最後だろう。千帆が、いるから。

線引はしてるつもりだったのに、やはり千帆のことになると、冷静でいられない自分を見透かされたみたいだ。




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あきゅろす。
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