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先生≠彼【完】
♯7


慌てて戻ると、けいちゃんは教室前の廊下に腕組みして立ってた。


「来てても、出てないんだから、春日遅刻――な」

名簿でぽんと頭叩いて、けいちゃんはちょっと怒った口調で言う。


「はい…先生、あの」

じぃっと上目遣いにけいちゃんを見た。ごめんなさい。謝ろうとして、言葉が止まった。何を謝ろうとしてるんだろう、あたし。HRサボったこと? センター失敗しちゃったこと?

あたしの言葉の続きを待ってるみたいに、けいちゃんも黙ったまんま。沈黙を1時間目始まりのチャイムが引き裂いた。


「タイムアウト、だな。――放課後、進路指導室来い。話聞いてやるから」

そう、言い残してけいちゃんは行っちゃった。あたしがあんなに怯えてたのに、あっさりと呆気無く。


「ちぃ、大丈夫? 出てったまんま戻って来ないから、心配したよ。探しに行く、って言ったのに、遠藤ちゃんはいい、って言うし」

席に戻った途端に、七海が話しかけてきた。


「ごめん。昨日の結果散々だったから…なんか、教室いづらくて」
「気にしない気にしない。たった試験1回で、ちぃの全てが評価されるわけじゃないんだから」

七海の励ましに、また心がひとつ軽くなった。

ガラッと教室のドアが開いて、1時間目の数学の本田先生が入ってきた。授業内容は、昨日のセンターの解法と応用。あー、ホント、教室でじっくり考えれば、わかる問題だったのに。

自己採点をつけながら、やっぱり後悔してしまった…。



放課後、おずおずと進路指導室に入ると、けいちゃんはもう待ってた。


「自己採点表、持ってる?」

そう聞かれて、かばんからシートを出した。空欄の多いその解答表を一瞥して、けいちゃんは苦笑いする。


「全然出来なかったんです…」
「実力は十分に出せなかったみたいだな。全体の正答率7割以下ね…」

さーっと得点と正答率を計算して、けいちゃんはあたしの過去の模試の結果とか、志望大学の合否判定表なんかもテーブルの上に出してきた。…やっぱり本命は厳しい。あたしのセンターの得点だと、合格確率30%以下だ。

滑り止めの私大だと、お金掛かるよなあ。お父さんたちに、また負担かけちゃう。でも、志望校のランクは下げたくない。どうしよう。

タイムマシンはない、って、けいちゃん言ってたみたいだけど、やっぱり欲しい。やり直したい。頑張っても追いつけなさそうな現実を、けいちゃんに目の当たりに突きつけられて、つい現実離れした方向に、想像が走っちゃう。


「どうする? も、大学諦めて、俺のお嫁さんで、一生家にいる?」
「や、やだっ」
「何が嫌?」
「大学も、けいちゃんも。どっちも諦めたくない」

あたし、みつきさんよりよっぽど、我儘で欲張りだ。


「じゃあ、どうする?」
「けいちゃん、意地悪」
「この場では、『先生』って呼べ、春日」

手にしてたボールペンで、机をコツコツ叩きながら、けいちゃんは冷静にあたしを窘めた。プライベートな話にまで言及したのは、けいちゃんなのに。しっかり自分だけ『先生』ぶってる。


どうする? どうしたい? 決めるのは、けいちゃんでも遠藤先生でもない――あたし。膝に置いた手で、ぎゅっとスカートを握りしめた。


「志望は、変えません。合格は限りなく無理かもしんないけど、第一志望に願書出す。滑り止めもこのまま受けて、また全部の結果見てから、お父さんたちと相談して決めます」

組んだ両手の上に、顎を乗せてけいちゃんは、じぃっとあたしを見てた。そんな目で見ないでよ。また、口ばっかりって言われそうで、心臓がばくばくした。


「…無謀?」

無言の圧力に耐えかねて、あたしはこっそりと聞く。


「無謀だと思うよ。けど、いいんじゃない? お前が決めたことを、俺は全力で応援するだけだから」

ふわっとけいちゃんが笑ってくれたから、あたしの中で何かが弾けて、涙がこぼれてきた。


「先生、ごめん…ごめんなさい。だめな、生徒で」
「だめなんて、自分で自分を下げること言うな――まだ、やり直せるよ、大丈夫」


けいちゃんの手のひらが、あたしの頭を撫でる。俯いてるあたしには、それが『先生』としてのものなのか、彼氏としてのものなのか、わかんないけど。

あたしが泣き止むのを、その手はずっと待っててくれていた――





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