[携帯モード] [URL送信]

先生≠彼【完】
♯6


高い壁の裏側に隠れて座り込んでいたら、砂利を踏む音がした。


「あら」

あたしの耳に聞こえてきたのは、高い女の人の声。泣きっ面に蜂、ってこういう状態を言うのかも。


「みつ…小野…せんせい。何で…」

半泣き顔のあたしを、みつきさんが見下ろしてた。あーもう最悪。


「昨日、ここでピアス落としちゃったみたいなのよね」

舌打ちでもしたい気分のあたしに構わず、みつきさんは腰をかがめながら、砂利の中に目を光らせた。

小石の間に、金のリングのピアスを見つけて、みつきさんは満足そうに拾い上げ、埃を払う。


「…どうしてここでピアス落とすんですか?」
「やだ、聞かないでよ」

あーはいはい、聞きませんよ。別にけいちゃんじゃなければ、あたしには関係ないし。


「あなたこそ、こんなところでサボってていいの?」
「…授業までには戻ります」

さっき、HR始まりのチャイムが聞こえた。…けいちゃん、あたしの空席見つけて、どう思うのかな。生まれて初めてだ。HRサボったのなんて。


「ああ」

あたしの答えにみつきさんはくすっと笑う。


「つまり、慧史に会いたくないんだ」

どうせ、当てられちゃった答えに、返事なんかしたくない。子どもっぽいとまた笑われると思ったけど、あたしは膝を抱えてそっぽを向いた。


「ケンカでもしたの? だったら、あたしにもチャンスかしら」

…ちょっと。体育館裏で、ピアス落っことす程のことしてた相手は?


「違いますっ。――センター、ボロボロだったから…けいちゃんに、会いたくない」

何で、あたし、この人にこんなこと言ってるんだろう。

反射的に、誰にも言えなかった本音をぽつりと零してしまってた。でも、みつきさんは、あたしの言葉の意味がわからないというように小首を傾げる。


「どうして? 一生懸命やった結果なら、慧史、怒ったりしないでしょ?」
「怒らないとは思うけど…でもがっかりすると思うから」

自信なくぼそぼそ喋るあたしの言葉を、みつきさんは豪快に笑い飛ばした。


「やあだあ、変なの」
「え?」
「だって、それじゃ春日さん、慧史に褒めてもらいたくて、受験するみたいじゃない?」
「あ…」

あれ? ずっと出口を塞いで、内に内にこもってた心に、すうっと風穴が開いたような気がした。

「ねえ、貴女はどうして大学行きたいの? 教育学部志望――だっけ? 慧史のあと、追っかけたいだけなの?」

あたしは…あたしの気持ちは…。

教師になりたい、って志望は、最初はけいちゃんがきっかけだけど、けいちゃんに褒めて欲しいとか、真似したいとかじゃなく。

純粋に、あたしが何かを子どもに教えたい、伝えたいと思ったから。


「小野、先生…もし、けいちゃんがイギリスに『行くな』って言ってたら、どうしてました?」
「どうもしないわよ。付き合ってる男に止められたくらいで、やめるわけないじゃない。慧史もそれはわかってたから、言わなかったんでしょうよ」

きっぱりとすっぱりと、みつきさんは言い切る。「ま、そのまま切り捨てられるとは思ってなかったけどね」

何処までも自信家のみつきさんらしい判断ミスを、それでも今はもう、悔いてはいないんだろう。


自分の夢。自分の未来。見失ってはいないつもりだったけど。けいちゃんとの結婚話が出た頃から、それはあたしだけの夢じゃなくなってた。

自分を信じて、支えてくれる人の存在は嬉しいし、頼もしい。けど逆にそれが失敗出来ないプレッシャーになって、あたしをがちがちにしてしまったのかも。


受験に失敗したら、夢もけいちゃんも失ってしまうみたいで怖くて怖くて堪らなかった。


「どうせ貴女、センターと本試験併願なんでしょ?」
「…そうです。でも、いちばんの本命は国立だったから…」

国立はもう無理かな。でも、確かに私大の方は、センター試験利用入試と個別入試に分かれてることが多い。受ける予定の大学は、両方出願してる。


「じゃあ、個別入試気合いれて頑張るしかないんじゃない? タイムマシンは人類最大のタブーらしいわよ、あいつに言わせれば」
「へ? タイムマシン?」
「そ。人間は過去には戻れないんだから。くよくよしても、もうしょうがないじゃない。昨日の試験のことより、来月の個別入試のこと、考えなさい」
「…はあ」

無茶苦茶だけど、慰めてくれてるのだろうか…。


「ありがとう…」

ございます、と頭を下げかけた時だった。校内放送のアナウンスが流れる。


「――3年4組春日千帆。いたらすぐに、教室まで来なさい」

普段よりかなり低いけど、け、けいちゃんの声だ。やっばい。お、怒ってる?
つーか、HRサボっただけで、校内アナウンスで呼び出しって、激ハズ。

けいちゃん。職権濫用。




[*前へ][次へ#]

6/9ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!