先生≠彼【完】
♯2
「こ、こんばんは」
こちらもおそらく酔ってハイテンションのお姉さんに対して、あたしはめちゃくちゃぎこちなく挨拶を返した。
「この度は婚約おめでとうございます…って、身内の言うことじゃないわね。慧史の何処が良かったの?」
「え?」
「いや、姉としては単純に疑問で」
「俺の前で聞く? フツー。しかも、まだ会ったこともないのに」
「ばかねえ、会ったことない相手の方が、遠慮なく聞けるじゃない。やっぱカオ?」
瑤子さんは、けいちゃんに話しかけてると思えば、またあたしに質問を投げてくる。この強引で、人の話し、あんまり聞かないとこ、うーんと、誰かを思い出す。誰だっけ。あ、その前に聞かれたことに答えないと。
会う前から悪印象は植え付けたくない。
「そ。んなことは…いや、カオ好きですけど。でも、それだけじゃなくて、頼りがいあるとことか、頭いいとことか、優しいとことか、そういうの全部ひっくるめて…けいちゃんが、いいんです」
電波の先でお姉さんは、ふふと北叟笑んだような笑いを漏らした。ちょ、直接的過ぎたかな、うわー、激恥。
「千帆ちゃん、正直ね」
お姉さんはくすくす笑って、言ってから。
「慧史良かったわね。カオだけじゃないって」
「もういいから、スマホ返して」
「あー、待って待って、あと一言。千帆ちゃん」
「は、はい」
「今回は残念だったけど、今度会えるの楽しみにしてるからね」
あったかい声でお姉さんは言ってくれて、じんわりと来てしまった。はい、ってあたしが返事をする前に、もうスマホはけいちゃんの手に戻ってたみたいで。
「ごめん、千帆」
さっきより数段トーンダウンしたけいちゃんの声が、あたしの耳朶を震わせた。
「ううん。お姉さんと話せて良かった」
「そう?」
「あたし、思ったんだけど…」
「うん」
「けいちゃんのお姉さん、みつきさんに似てるね」
ぐっと言葉に詰まった後で、あー、とかうーん、とかけいちゃんの言葉にならない声が聞こえたから、多分、けいちゃん自身も同じようなこと、思ったことあったんだろうな。
「けいちゃん、シスコン」
「お前今日、きつくない? 台詞の一言ひとことに刺あるよ」
「だって、受験生だもん、今もこれから、また勉強だもん。ちょっとくらいやさぐれたっていいじゃん」
完全八つ当たり。けいちゃんは受け止めてくれると知っての我儘。
「今の俺の弱みは千帆だけだから」
「そーゆー台詞は、酔ってない時に、面と向かって言って欲しい」
「わかった。覚えておけよ、千帆。受験終わったら、砂吐くほど甘いの、いっぱい言ってやるから」
お酒で潰れた掠れた声で言うと、けいちゃんは「初詣、行くみたい。また電話する」と、一方的に、電話を切ってしまった。
酔っ払ってるのに、今の会話、覚えてるのかな…。受験が終わったら、じゃなくて、けいちゃん。
今、会いたいのにな。
声も呼吸も体温も匂いも手のひらも肩も、全部、直に肌に感じたい。好きな誰かを思う時、片想いばかりしてた頃は、こんな風に艶かしい想像はしなかったのに。けいちゃんがあたしの身体の隅々に残した記憶が疼く。
けいちゃんを思い出しながら、あたしはけいちゃんがしてくれたみたいに、自分で自分の肌に触れた。
「…あ…っ」
指を入れてまさぐれば、蜜は潤沢に溢れてくる。柔らかく蕩け始めたそこは、あたしの意志とは無関係にひくひくと動いて、あたしの指を締め付ける。
「けい…ちゃぁん…っ」
大好きな名前を呼んで果てた後は、蜜に塗れた指と虚しさだけが残った。何で、こんなことしたんだろ。
一度もそんなこと思ったことないのに、新学期がやたらに待ち遠しかった…。
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