先生≠彼【完】
♯1
新年のカウントダウンは、ヘッドホンでラジオを聴きながら迎えた。
あー、年が明けたんだ…と思って、走らせてたペンをノートの上に転がして、椅子の背もたれにぐっと体重を乗せる。
椅子ごと傾いたあたしの身体。見上げても、目に移るのは、18年暮らした家の天井だけ。
でも、たとえば。
来年のあたしは、何処で誰と新年を迎えるのだろう。
けいちゃんと? あの、家で?
学校がないからいいや、とはめっぱなしの、けいちゃんから貰った指輪は、確かな未来への約束。
うん。これがあるから、頑張れる。
ぬるくなった珈琲を飲んでたら、スマホがピカピカ光ってた。
七海と酒井くんからのメールだった。
七海のは、普通のあけおめメールだったけど、酒井くんのメールにあった、今年の目標、彼女を作る!!!に、くすっと笑いが漏れた。…受験合格じゃないんだ。
けいちゃんは…、けいちゃんは30日の夜から実家に帰るって、言ってたな。
帰って、あたしとのアレコレ報告しないと…って、出発前夜、電話でそんな話をした。
「お父さんもお母さんもびっくりするよね」
うちのお父さんみたいに、度肝抜かして、パニックになって、反対されたりしないのかな。
不安になったあたしに、けいちゃんは大丈夫だよって、笑う。
「結婚したいことも、その相手が教え子だってことも、もう伝えてある。今回報告するのは、無事千帆の両親の承諾を取り付けました、ってことだから」
そ、そっか、良かった。
「反対とかしないんだ」
「うちの親は、自分の責任でやるんだったら、自分の好きなようにしなさい、って感じだからねー、千帆のとことは違うかも」
それは社会人の親だからか。それとも三人兄弟だからか。
まだ会ったことのない、けいちゃんのお父さんとお母さん。どんな、人たちなんだろ。
「今度はあたしも行きたいな」
と言うか、行かないといけないよね。けいちゃんのお父さんやお母さんだって、当然、息子が結婚したい、って言ってる女がどんな女か知りたいに決まってる。
でも、けいちゃんは急に焦り始めた。
「いや、まあ、どうせ今度顔合わせとかする時に会うし、無理して千帆がこっちに来る必要はないよ」
「え?」
けいちゃんの思わぬ反応。あたしが、行っちゃまずいことでもあるのかな。
「千帆はそれより、受験勉強最優先にしないと」
「けいちゃん、いつ帰ってくるの?」
「2日かな?」
そのあともけいちゃんは、『行きたくないなあ…』と、2、3回ひとりごちてた。あたしとのこと、反対されてるわけじゃないみたいだし…じゃ、帰りたくない、なんて言う理由なんだろ。
3日前のけいちゃんとの会話を思い出してたら、またスマホがピカピカ光りだす。ピンクのライト。けいちゃんからだ。
「ち〜ほ〜? あけまして、おめでとう。今年もよろしくね。勉強、頑張ってる〜?」
新年最初に聞いたけいちゃんの声は、めちゃくちゃロレツ回ってない。張り詰めてたやる気が、一気にふにゃりと折れていく。担任の教師が、生徒のやる気削いでどうすんの。
「けいちゃん、酔ってる?」
「酔ってない酔ってない。ちほちゃん、怒った声も可愛い」
「めっちゃ、酔ってるね」
「あ〜、そっかな。缶ビール2本と焼酎のソーダ割り2杯と、ワインちょっとくらいしか、飲んでないけど」
「…十分だと思うんですけど」
「あはは、お正月ってことで」
「彼女のあたしは、暮れも正月もなく、机に向かってお勉強してるのになあ」
「はい、そうですね、すみません、ちょっと浮かれすぎました」
チクリと刺すと、急に神妙な声になるけいちゃん。もう、実家に行きたくない、なんて子どもみたいなダダこねるから、あたし、それなりに心配してたのに。
「そっち、どう?」
「うん、神奈川より寒いかな」
「そうじゃなくて…けいちゃん、行きたくないとか、言ってたから…」
「ああ…」
と、けいちゃんが言いかけた時。
「あ〜っ、慧史、こんなとこいた。何、逃げてんの、今日の主役なのに」
スマホ越しでも、けいちゃんに誰かが話しかける。
「ちょ、俺電話中だっての」
「え、もしかして彼女? 噂の女子高生? わたしも生の女子高生と喋りたい、貸して貸して」
けいちゃんが通話口を抑えたか離したかしたみたいで、少し遠くなったけど、それでも音声はあたしのとこまで、しっかり届いてた。…勢いのある女の人の声。けいちゃんの…。
「こんばんは〜、しほちゃんだっけ?」
「千帆だよ、千帆っ」
「あーそうそう、千帆ちゃん。あけおめで〜す、慧史の姉の瑤子(ようこ)です」
お姉さんだったのか。って、突然彼氏のお姉さんと喋るって、難易度高っ。
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