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先生≠彼【完】
♯8

「あともうひとつの条件は…条件というより、これはお願いですが。実はこの近所に、僕の両親の住んでた家があります。3年前に母が他界して以降、誰も住んでいない。売ってしまえばいいのだけれど、ちょっとまだ名残惜しくてね。家は住む人がいないと荒れます。可能なら、千帆との新居はそこにして欲しい。若いふたりが住むには、ボロい古い作りの家だけどね」

あー、あそこかあ。確かにボロい。キッチンもシンクも作りが古いし、トイレ和式だし、1階はダイニング以外畳だし。


「えーあそこお?」

ついあたしの口から文句が出てしまう。だって、全然『新婚』って気分になれないんだもん。


「千帆知ってるんだ」
「うん。でも、ホントボロいよ。カビ臭いし、埃凄いし、けいちゃんあんなとこ住んだら、病気になっちゃうよ」
「平気だよ。リフォームとかリメイクはやってもいいんですか?」
「ああ、もちろん」
「家賃は?」
「こちらがお願いして住んで貰うんだから、取るつもりはないですよ、先生」
「あとで千帆と行って見てきます。お返事はその上でも?」
「もちろん。――じゃあ、乾杯しますか」

けいちゃんの持ってきてくれたワインとノンアルコールのカクテルで、乾杯。すぐに食事をしながらの、話が始まった。

そのどれもが、『結婚』に関するもの。入籍の時期は、あたしが卒業したらすぐにして、大学生活は新しい苗字で始められるよう考えてるとか。お互いの両親との顔合わせはどうしよう、とか。

これもあたしは知らなかった事実だけど、お父さんはけいちゃんのご両親と既に電話でお話してるらしい。婚約とか結婚とか、甘い言葉にふわふわ夢見がちになってるのは、あたしだけで、オトナはもっと現実的にあれこれ考えて処理しようとしてる。


「結婚って、大変なんだね」

食事が進んで、開いたお皿をお母さんと流しに片付けた時に、あたしはぽつりとお母さんに言った。


「あら、もうマリッジブルー?」
「違うよお。ただ、けいちゃんはあたしが思ってる以上にオトナだったなあ、って…」

何だろ、置いて行かれたような気持ち。あたしに何の説明もしてくれないまま。あたしの気持ちは聞いてくれないまま、いろんなことが決まっていっちゃう…。


「社会人と付き合ってるんだから、ある程度しょうがないとは思うけど、今回は急だしねえ、ま、千帆の気持ちもわかるかな」

ディナー皿を水で濯ぎながら、お母さんは呟いてから、一旦手を綺麗に洗って、食器棚の下の引き出しから、キーホルダーも何もついてない普通の鍵を取り出した。


「行って来れば? さっきお父さんが話してたおばあちゃんのおうち。うちにいたら、どっちみちゆっくりふたりで話せないでしょ?」
「お母さん…」

もやもやっとした思いが燻るのは、けいちゃんとの時間が圧倒的に足りないからかもしれない。あたしは貰った鍵を握りしめた。






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