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先生≠彼【完】
♯4



「君も千帆もまだ若い。だからと言って、簡単にやり直せると考えて貰ってるようじゃ困るんだ。これから先の長い一生、本当に千帆の人生も抱えて、ふたりで歩いてく覚悟はあるんですか?」
「もちろんです」

言い切るとお父さんの険しい表情が緩む。


「嫌な言い方を散々して、こちらこそ失礼しました、先生。何となく、何となくだけど、わかってもいたんです。千帆が貴方に寄せる信頼も、貴方が娘をヘタしたらこちらよりも理解してることも」

俺への呼び名が『君』から『先生』に変わる。同時に、お父さんは意外なことを言い出した。


「……」
「まさかありえないというより、信じたくなかったので、必死にその可能性は打ち消しました。でもこうなってみると、まだまだ僕の見る目も捨てたもんじゃない」
「…年の功ですね」

うまい相槌が打てなくて、追従みたいになったそれを、お父さんはからからと笑い飛ばした。

「先生。僕も一度結婚を失敗もしてるし、先生みたいに反対もされてる。でもね、先生。男と女のことは、結局親がどんなに口出ししたって、法が縛り付けたって、流れるところに流れちゃうんですよね。
それでも親が勿体つけて、『娘はやれない』と悪あがきをするのは、手に入れるのに苦労した方が、少しでも大切にするんじゃないかと儚い願いを込めるからかもしれない――この立場になって、漸く20年前の義父の気持ちがわかった気がします」

お父さんの言わんとしてるところはわかるのだけれど、脳の理解に感情が追いついてこない。まさかそんな。都合のいい解釈をしてるだけじゃないか?


戸惑いと喜びに心の天秤はグラグラ揺れる。お父さんは俺に一度顔を綻ばせてから、肩に置いてた手を、スーツのスラックスの横にぴたりとつけて、頭を下げた。


「娘をどうかよろしくお願いします」

託された想いの大きさに、眦の先から、喉の奥から、こみ上げる熱いものを抑えられなくて、俺は口を手で覆った。やばい、ちょっと待って。これは、まずい。俺、カッコ悪過ぎ。


「ありがとうございます…」

潤んだ声で、どうにかこうにか俺はそれだけ言った。


「千帆の受験もある。家とか時期とか、ま、具体的なことはまた話しましょう。君の両親ともお話したいし」

そう言い置いて、今度こそお父さんは帰って行った。


なんとも言えない達成感と幸福感に包まれて、俺はしばらくその場を動けなかった。


…千帆に、どうやって伝えよう…。




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