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先生≠彼【完】
♯1



千帆のお母さんに無理なお願いをしたのは昨日の夕方だ。


「あら、慧史くん。もうお加減はいいの?」

千帆のお母さんは最近俺をそう呼ぶ。先生、って呼ばれるより、気安くていい。


「あ、お陰様で良くなりました」
「そう、良かったわ。あの子、雑炊ちゃんと作れた?」
「美味しかったです」
「プロポーズ、早まったな…なんて後悔しなかった?」
「しませんよ。

スマホの向こうの朗らかな声に、俺は自然に顔が緩むのを感じながら、用件を切り出した。時間と場所はそちらに合わせるので、もう一度お父さんに僕と会ってもらえないでしょうか。そんな身勝手な要求。


「わかったわ。主人の都合聞いてみます」

お母さんは快諾してくれて、すぐに折り返しの電話をくれた。てっきり断られると思ったけれど、意外にもお父さんの返事はOKだった。

しかも。


「明日の夜、◯◯駅の南改札脇のコーヒーショップの前でどうかしら? って、急だけど大丈夫? 慧史くん」
「あ、僕は全然。ありがとうございます」
「ここねえ、私とお父さんがよくデートの待ち合わせに使ってたのよねえ。なんか、懐かしいわ」

…まさか、その場所で20年も経ってから、娘の彼氏と待ち合わせするなんて、思いもしらなかったろうなあ。それとも、お父さんの定番の待ち合わせスポットなのかな。


もう一度お礼を言って切ろうとすると「健闘を祈ってるわ」。お母さんがそう言ってくれた。


冷静だけど、イタズラ心も存分にあって、他人への思いやりを欠かすことはないけれど、家族への愛情もたっぷりで。

千帆のお母さんは、すごく素敵な人だと思う。そして、お父さんも――




「お時間取って頂いてありがとうございます」

駆け寄ってきた男性に深々と頭を下げると、「いやいや」と手で制された。


「先日はすまなかったね。頭に血が昇って、君を追い返すようなことをした。娘には怒られるし、妻にはチクチク刺されるし…」

お父さんはまずそう謝ってきた。


「千帆がいないところで、一度お話したくて」

良くも悪しくも、千帆は俺に一生懸命になりすぎるから。


「それは僕も同感だね」

千帆のお父さんが大きく頷いてくれたから、雑踏に身を任せ、流れに沿って歩きながら、何処か落ち着ける場所を探す。こういう時って、飲み屋なんかが定番なんだろうか。

でも流石に俺も彼女の親とは飲んだことがない。


「何処かいいところご存知ですか?」

尋ねると、返って来た答えは意外なものだった。


「急で申し訳ないが、可能なら君のアパートで話したい」




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