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先生≠彼【完】
♯10



「何で小野先生がいたの?」

あたしが皮肉に聞くと、けいちゃんは苦笑いした。


「ん〜、家までとりあえず送って貰った? 他の先生方から車で帰るの危ない、ってさんざん脅されてさ。たまたま小野先生はもう授業なかったから」
「あの人と帰るなら、あたしの目の前でぶっ倒れて欲しかった」
「次は、そうするよ」

けいちゃんは、背中からあたしを抱きしめる。ふっと漏れた呼吸が、熱い。少しかすれた声も、風邪のせいだってわかってるのに、色っぽくって、ドキドキした。


「けいちゃん…」
「あーもう、ダメだ。だから、来てほしくなかったのに」
「え? 何、どういうこと?」
「離したくなくなる…」

耳元でいつもより熱っぽい声で囁かれると、いろんなことが吹っ飛んで行きそうに、なる。

けいちゃんから逃げるようにシーツの上に伸ばした手に、けいちゃんが手を重ねた。とくとくと、あたしの背中越しにけいちゃんの鼓動が跳ねてる。熱く脈打つそれよりも、あたしの鼓動は速いかもしれない。


「ダメ…、お母さんと約束したもん。すぐ、帰るって」
「うん…千帆に移ると困るしね」

と、けいちゃんはあたしに伸し掛かってた身体を起こす。自分で『ダメ』って言ったのに、軽くなった背中が寂しかった。


「けいちゃん、何か食べれる? 食べれなかったら栄養ドリンクとか10秒チャージゼリーとか、色々持ってきたよ」
「やけに荷物でかいと思ったら、そんなん入ってたの?」
「うん。お見舞いの品々。あとは雑炊の作り方、お母さんに聞いてきた」
「あ、じゃあ、千帆の作った雑炊食べたいな。昼も食べてないし」
「ラジャーです」

けいちゃんは寝てて、って言ったのに、何故かけいちゃんは、キッチンであたしの横に張り付いてる。…監視? そんな変なもの入れないもん。


「ねえ、千帆。出汁煮立ってるけど…」
「千帆ちゃん、先生、ネギは輪切りよりみじん切りのがいいな」
「卵は最後に入れた方が、ふわっとなってうまいって」

あたしが一生懸命作ってるのに、横からごちゃごちゃけいちゃんうるさ〜い。


「も〜う、じゃあけいちゃん、作ってよ」
「ごめんごめん。つい…教師目線で」
「けいちゃん、元気じゃん」
「千帆が来てくれたからね。元気100倍?」
「…でも顔が汚れると力が出なくなっちゃうよね、そのヒーロー。新しい顔焼く?」
「…やめろって、リアルに想像しちゃったろ?」

言い出しっぺ、けいちゃんなのに。悪乗りしたあたしも悪いか。
想像しちゃった。けいちゃんの顔あたしが投げてくるくるって回ってすり替わる…。あんなシュールなアニメが何でちびっ子には人気なんだろ。いや、小さい時はあたしも見てたけど。

可笑しくて、ふたりして笑い止まらなくなって、けいちゃんは笑い過ぎて、また咳き込んじゃって…。けいちゃんと過ごす時間が、心地いい。交わす会話のひとつひとつが、好き。


「けいちゃん、早く風邪治してね」
「千帆、移らないでね」

キスは我慢する。けいちゃんはそう言って、それから、ふたりで雑炊を食べた。出来がいいとは言えないそれを、けいちゃんは「おいしい」っていっぱい食べてくれた。





あたし達が求めてるものって、すごくシンプルだ。傍に、いたいだけ。


でもその願いが、なかなか叶わないのも、わかってる。





外は木枯らし。だけど、家に入れば、ガラスから差し込む光はあったかくて優しい。


けいちゃん。


あたしは、けいちゃんにとって、そんな陽だまりみたいな存在になれるかな…。




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あきゅろす。
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