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先生≠彼【完】
♯9



「小野先生、送ってくれてありがとうございます。もう、平気なんで」

めちゃくちゃ他人行儀に言って、けいちゃんは寝室のドアを開ける。帰れ、と言わんばかりのけいちゃんの行為に、みつきさんは怒りに唇を震わせた。


「ほとほと呆れるわ。こんな子と付き合ってても、メリットひとつもないじゃない」

一方的にみつきさんはけいちゃんを詰る。


「メリット…俺と付き合ってたのは、見た目と友達への優越感と、今は職業の安定性ってとこかな。そんなものばっかり見てるから、小野先生は気がつかないんじゃないかな。人を好きになるって、そういうことじゃないよ、きっと」

ごほごほっと咳をしながら、普段より掠れた声で、ゆっくりとけいちゃんが言う。


「だったら、慧史だって、私の上辺しか見てなかったじゃない」
「うん、そう。俺もお前のことなんて、何ひとつわかってなかった…、待ってる、ってホントは言って欲しかったんだろ? みつき」

みつき、って呼ばれて、みつきさんの瞳に水泡が浮かんだ。表面に浮き上がった感情を悟られたくないとでも言うように、みつきさんはけいちゃんから顔を背けて俯いた。

あたしの前で彼女の名前呼ばないで、って言ったのに。でも、あたしが口を挟んじゃいけないシーンみたいで、あたしはぎゅうぅぅぅって、シーツを握りしめて、けいちゃんを見た。

けいちゃんも熱で頭ふらふらするのか、額に手を当てて、その場にしゃがみ込む。


「置いてかれたこと、ショックだったよ、俺は。だから、みつきを好きだった気持ちに封をして、連絡先も残ってたら絶対掛けちゃいそうだから、消去して…。俺ら結局別れ話もまともにしてないんだよな」

すれ違ったまま、放置された感情。けいちゃんはあたしと会ったことで、みつきさんへの感情全部なかったことにして、みつきさんは逆にけいちゃんへの思いふくらませて。

たったひとつ掛け違えただけのボタンは、こんなにも大きく歪んでひずみを作るんだと、改めて恋、ってものの怖さを知った…。


「私は慧史と別れるつもりなんてなかったもの。見知らぬ土地で、どれだけあなたの声だけでも聞きたいと思ったか…。帰国すれば、また会って誤解が解ければ、やり直せると思ってたのに」
「だからさ、…すれば、って恋愛を仮定だけで語っても意味ないって。俺はもう幸せにしたい、たったひとりを決めちゃったから、みつきはみつきで幸せにしてくれる相手探して」


(幸せにしたいたったっひとり…)

けいちゃんのセリフに、あたしまで涙が出てきた。どうしてだろ。嬉しいのかやるせないのかわかんないまんま、あたしの涙はシーツを濡らす。


「…わかったわよっ。お幸せに」

最後までみつきさんらしく、強気に言い放つと、みつきさんは出て行って、代わりにパタンと扉が閉められる。けいちゃんとみつきさんの世界が遮断されたみたいに見えた。


「ちーほ、何で泣いてるの?」

床に跪いて、ベッドマットに上半身埋めてたあたしの背中に、けいちゃんが覆いかぶさる。


「今の彼女に元カノとの別れ話聞かせるなんてサイテー」

泣いてる自分が悔しくて恥ずかしくて、あたしはそれだけ言った。


「…うん、ごめん」
「あたしは、絶対けいちゃんと別れないから」
「俺も同じだよ」

頭の上で囁かれて、けいちゃんの熱い呼吸があたしの短い髪に掛かった。



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