先生≠彼【完】
♯8
「なんで…」
「頭ぼーっとなって、車の運転も危うそうだから、私が連れて帰って来たのよ。今、彼、寝てるから」
彼、なんて自分のものみたいに言うみつきさんにムカってなったけど、それよりもっと大きい悲しみがあたしの心を占めた。
けいちゃんは、あたしには頼らないのに、この人には頼るのかな。一緒にいる時間が長くなっても、あたしは子ども扱いで、けいちゃんと対等にはなれないのかな。
「慧史は私が見てるから、貴女は帰りなさい。どうせ、何も出来ないでしょ?」
優越感たっぷりにみつきさんは言った。勝手に能力を見積もられて、どうせ…と見下される。
ここで、引き下がるのは嫌だ、だって、けいちゃんは、あたしの彼だよね。
「嫌です」
あたしの侵入を阻むように、玄関先に突っ立ったままのみつきさんに言い返した。さっきまで余裕の笑みを湛えてたみつきさんの口元がぴくっと引きつった。
「けいちゃんっ」
みつきさんの身体を脇に押しのけて、あたしはけいちゃんの寝室に駆け込む。あたしの声で、けいちゃんは目を擦りながら起き上がって、呑気な声をあげた。
「あれ、千帆…どうして…」
「どうして、じゃないよ」
肩に提げてたバッグを、床に落として、あたしはけいちゃんに抱きつく。触れた首筋が熱い。でも、受け止めてくれた腕が懐かしい。
「ごめん、心配掛けた?」
「死ぬほど心配した」
「こんなんで死なないでよ。つか、お前、こんなとこ来ちゃダメだろ…」
嬉しそうに抱きしめてくれたのも束の間、けいちゃんはあたしの肩を掴んで、自分の身体から引き剥がす。
何で? やだよ、けいちゃん…。でもそのワガママを言う前にあたしに追い打ちを掛けるような声が背中に刺さった。
「そうよ、帰りなさい。春日さん」
「何で、やだっ」
「聞き分けのないこと言わないの、春日さん、先生、困ってるわよ。あなたの存在が、どれだけ慧史に迷惑掛けてるかわかんないの?」
「み…小野先生、あーそっか」
けいちゃんが思い出したように言って、頭をがしがし掻いた。
「千帆、ごめん。ちょっと待ってて」
けいちゃんは、ベッドの上のあたしの身体をどかしてから、ゆっくりとみつきさんに近づいた。
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