先生≠彼【完】
♯4
鳩が豆鉄砲食らったような、ってまさにこの瞬間のお父さんの顔のこと言うんだと、思った。
「娘の担任の遠藤先生、ですよね?」
「はい」
「それがどうして…」
不信感を露にした声で言って、お父さんは自分を落ち着かせるためか、お母さんが持ってきたお茶をがぶがぶ飲む。そして、お父さんの怒りの矛先は、あたしに回ってきた。
「一体どういうことだ、千帆っ」
「は、はいぃぃっ。け、けいちゃ…先生の言う通りで」
「お前は、『先生』と付き合ってるのか」
「…そう、です」
認めると、両手を膝に置いて、お父さんは長い長い溜息をつく。
「先生、千帆は妊娠でもしてるんすか?」
「いえ、そんなことは」
「では、この話、急ぐ理由は何もないですね」
「ありませんね」
「だったら…」
お父さんはじろっと鋭い目でけいちゃんを睨みつけた。コワイ、ダイヤモンドダストでも出てきそうなくらい、冷たい目。あんな目をしたお父さんを初めて見た。
「今日のところはお帰りください」
「何でっ、お父さん、けいちゃんの話、ちゃんと聞いてよっ」
「千帆」
しー、とけいちゃんは自分の唇に人差し指を置いて、あたしを黙らせる。あたしよりけいちゃんの方が、よっぽど言いたいことあるはずなのに。
「また、来ます」
すっと立ち上がって、ほんの10分前に入ってきた玄関に戻るけいちゃんの背中を、慌てて追いかけた。
「けいちゃんっ」
呼び止めたあたしの声は、おもいっきり涙声だった。驚いたようにけいちゃんが振り向く。
「泣くなよ、千帆」
大きな手のひら、ぽんて頭に置かれて、けいちゃんに慰められたら、余計に涙が出てきた。
「だぁって、だってだって、ごめんなさい、けいちゃん。あたしが悪いの、お父さんにちゃんと言っておかなかったから…。それに、お父さんひどい。あんな風に頭ごなしに」
あたしはもう泣きながら、支離滅裂な言葉を並べる。でも、けいちゃんはいつもののほほんとした態度だった。
「千帆が最初に全部話してたら、会ってもらえなかったんじゃないかな」
って、けいちゃんの予想は確かに合ってるかもしれない。
「大丈夫、最初からうまく行くと思ってないから」
「でもっ」
お父さんの態度、かなり大人気ないよっ。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず、だよ、千帆」
「なにそれ」
「――孫子?」
「意味、わかんない」
話を濁されたと、むくれるあたしに、けいちゃんはクスッと笑う。
「最終的に、千帆が手に入れば、俺はそれでいいんだ。だから、千帆」
「はい?」
「この間みたいに、お父さんと口きかないとか、ご飯食べないとか無意味なハンストやめてね」
やろうと思ってたのに。
「帰ります。今日はありがとうございました」
頑なに客間から出てこないで、けいちゃんを見送りもしないお父さんに、けいちゃんは玄関から別れの言葉を投げて、出て行った。
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