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先生≠彼【完】
♯2



家に帰ると、ほかほかした湯気に包まれて、お醤油の出汁と練り物の合わさったいい匂いがした。


「今日、おでん?」

キッチンに入って、お母さんに話しかけると、「そうよ」って朗らかな返事が返って来た。

手を洗って着替えて、エプロンをつけて、もう一度お母さんの隣に立つ。手伝えることは手伝うことにして、今、ちょっとずつお母さんからお料理を教えて貰ってる。


「味見してもいい?」
「いいわよ」

小皿に取ったお出汁を冷ましてから一口だけ啜ってみる。…うん、おいしい。


「こういうのって、どうやって味付けするの?」
「うちはお出汁と醤油と料理酒とみりんかな。あとは、大根とか薩摩揚やつみれとか、具材からもいい出汁が取れるから。煮物はね、千帆、早めに作っておいて一旦冷ますと、味が染みて美味しくなるの」
「だからいつも、あたしが帰る頃には出来上がっちゃってるんだ」
「そういうこと。あなたにもっと時間が出来たら、最初から作り方教えてあげる」
「うん」
「おでんはねえ、地域やおうちに拠って、中身が全く違うから。お母さん、初めてちくわぶ食べた時びっくりしたもの」
「え、そうなの?」
「慧史くんのところはどうかな」

お母さんは意味深にふふっと笑った。あたしの考えてること、バレバレ。

けいちゃんのこと、あれからお母さんは表立った反対も賛成もしない。でも、こんな風にお料理のこととか、お掃除のこと、ちょっとしたコツとか教えてくれる。…いつか、あたしがやることになった時に困らないように。

はっきり口にして、『慧史くんとのこと、応援してる』なんて言われないけれど、そっと背中を押されてる感じ。


おでんを温め直して、お母さんが煮込んでた土鍋ごと、テーブルに載せる。ちょうど、そこにお父さんが帰って来た。


「ただいま、お、千帆も手伝ってたのか」

妻と娘が揃ったキッチンに、お父さんは目を細める。


「お帰りなさい、あなた」

お父さんに近づいて、頬にちゅってするお母さん。
「子どもの前でいいから」って、照れるお父さん。
その光景を見慣れてて、今更なんとも思わないあたし。

…うちでは当たり前の光景だけど、もしかしてこれって、特殊なのかな。うちの両親って仲いい方なのかな。


「そういえば、千帆、お父さんに話があるって言ってなかった?」

お母さんが急にこっちに話を振ってきて、にわかにあたしの心臓はばくばく動き出す。

新たなミッション、けいちゃんに課せられてたんだった…。


「お父さんとお母さんにも、きちんと話したいから、今度都合のいい日、聞いておいてくれない?」


一昨日、けいちゃんに電話でそう頼まれてたのだ。

わかった〜、とその場では答えたものの、これってめちゃくちゃハードルが高い。なんせ、お父さん、あたしとけいちゃんの関係、まだ知らないんだし。


「ん? どうした? 千帆」

お父さんはあたしの顔を見てくる。ど、どーしよ。心の準備が…というか、刺激の少ない言い方が…っ。


「え、えっとね、今度ね、先生が家に来たいんだって。だから、お父さんの都合知りたいんだけど」

とりあえず単刀直入な用件だけを言うと、お父さんは目を見開いて、明後日の方向に誤解し始めた。


「先生が? 家に? お前、何やらかしたんだ」
「いや、何かをやらかしたわけでは…」
「じゃあ、どうして先生が家に来るなんて」
「ぷ、プライベートな話があるって言ってたよ」
「プライベート? どういうことだ」

いやだから…お願い、お父さん、察して。って、無理か?

お母さんは横でくすくす笑ってる。あーん、もうちょっとくらい助け舟出してくれればいいのに。


結局『進路のことで相談があるんだって』しか、お父さんには言えなかった。…けいちゃん。ごめん。


お父さんは首を傾げながらも、週末の1日を開けておいてくれることになった。




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あきゅろす。
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