先生≠彼【完】
#3
一瞬だけ、けいちゃんの目が鋭く光った…気がした。
錯覚かもしれない。寧ろそうであって欲しいというあたしの願望だったのか。次の瞬間には、いつものにこやかなけいちゃんに戻って。
「ほい、酒井、春日…っと」
黒板に名前を書き始めた。なんか、その並びの名前をけいちゃんに書いてもらう、ってのがすごく嫌だ。
ひとつ枠が埋まると、あとは手があげやすいのか、時間内にその他の委員も全部決まった。
LHRからSHRになだれ込み、そのまま今日の授業は全て終了。けいちゃんは何事もなかったかのように出て行く。
たまたま席が隣で、たまたま委員会一緒にやろう、って言われただけで、酒井くんとは何でもないって言わなきゃ。けいちゃんは、別に疑ってもないかもだけど。
今すごくけいちゃんと話したかった。カバンも持たずに、あたしは教室を飛び出して、長身の背中を追う。
でも、もうけいちゃんの姿はなかった。
「春日」
あたしを呼んだのは別の声。
「酒井くん…」
「席替えするから、机のけてくれって」
「……」
そういえば、そのためのクジ引きましたっけ。すっかり記憶の彼方に飛んでたくらい、高校生は多忙だ…。あたしは酒井くんに促されて、教室に戻る。
あたしの机は、新しく置かれた机に弾かれて、ぽつんと教卓の隣にあった。みんな大移動中で、教室は騒がしく埃っぽい。
最前列から最後列に。あたしは机を移動させる。あー、ホント教壇遠いや。あたしの前に並んだ幾つもの机を見て、なんか落ち込む。あたしとけいちゃんの障害そのものみたい。
でも、前の席は七海だった。
「あ、やったあ」
その偶然は素直に声が弾んだ。そして更に。
「俺も、よろしく」
斜め前から掛けられた声。
「さ、酒井くん…っ?」
偶然の一致? 運命のイタズラ? 七海の隣の席には酒井くんが座ってた。
一緒に帰ろうよ、という七海の誘いを断って、あたしは図書室に向かった。そういえば、この学校の図書室に来るのは初めて。
別に用なんかなかった。
所狭しと本棚が置かれ、整然と本が並べられた空間で、あたしはあちこち首をめぐらして本の背表紙を見てるのが好き。本を読まずに、背表紙だけかい、と七海とかには笑われたけど。
『――わかる。タイトルとか装丁で、どんな話なのか想像するの楽しいよな』
けいちゃんだけは笑わないで、賛同してくれた。直感だけで気になった本を、パラパラめくって、その日の気分に合った本を選ぶのが、けいちゃんは好きなんだって。
「お気に入りの作家や、何かで紹介された本よりも、そうやって見つけた本が面白い方が、得な気がする」
そうも、言ってた。本好きのけいちゃん。何となく街の図書室にい合わせて、出会ったしまったあたし達。
会わなかったら、今頃あたしはどうしてたんだろ。
相変わらず彼氏もいないままで、七海とワイワイ言いながら、高校生活最後の1年を過ごしたのかな。フレンチプレスのコーヒーの味も、男の人の唇の感触も、知らないままだったのかな…。
その方が、良かったのかな…。ヤバイ、泣きそう。ぎゅっと、制服のスカートを握りしめた。
「何、浸ってんの、お前」
「け、け、けい…せ、先生」
何故か、けいちゃんがいた。本を顎までの高さに積み上げて両手に抱えて。
「丁度、良かった。手伝ってよ、春日」
けいちゃんは、あたしにいちばん上の本を手渡した。
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