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先生≠彼【完】
#7

久しぶりにけいちゃんを見た。そして、初めて見るスーツ姿のけいちゃんは、あたしのもやもやした気持ちを晴れ渡らせるくらい、カッコ良かった。

ダークグレーのシングルのスーツは、細身で長身のけいちゃんに、凄くよく似あってる。そして。

けいちゃんがカッコイイと見惚れたのは、あたしだけではなかった。

新任の遠藤先生です、と教頭先生が紹介した瞬間に、講堂がざわめく。その殆どが女子のヒソヒソ声。


「あの先生、カッコイイね」
「新任? てことは22か23? 若〜い」
「教科、なんだろう」

そんな声にあたしの耳は、いちいちぴくんぴくんと反応してしまう。

――見た目だけはけいちゃん、カッコイイ、けどさあ。
――22だよ。
――日本史。

彼女たちの疑問に、胸の中だけで答える。何がしたいんだ、あたし。彼をあたしは知ってる、って優越感に浸りたいのか?


こんな大勢の前で、けいちゃん挨拶なんて出来るのかなあ。何故か、学習発表会の子どもを見守る母親みたいな心境になる。

けど、あたしの心配をよそに、けいちゃんは新任の挨拶を並べる。朗々とした声で、堂々とした態度で。短いけれど、冗談を交えたスピーチにくすくすした笑い声もあちこちから起きて、終わったあとの拍手は、他の先生の時より大きかった。


けいちゃんはもう、あたしだけのけいちゃんじゃなかった。




式が終わると、けいちゃんを先頭に、あたしたちはだらっとした列を作って、新しい教室に入った。3年4組。最上階のいちばん階段に近い教室。

出席順に席に着け、と促され、あたしは廊下側から2列めの1番前の席に座る。――けいちゃんが、近い。

でも、『担任の遠藤先生』が、どんな表情してるのか、見るのが怖くて俯いた。けいちゃんはもう一度軽く自己紹介して、今度は事務的な連絡事項を伝える。明日以降の時間割とか、配布物の説明とか。

いつもはほわんほわん喋るけいちゃんだけど、今日はキリッとした話し方だった。声だけ聞いていたら、けいちゃんだってわからないくらい。

今日が一日目だっていうのに、立派に先生してる。ただ時々話し始めの言葉が震えてる。けいちゃんも、緊張してるんだ、って思った。


最後に、全員の顔と名前を覚えたいから、とけいちゃんが、出席簿の名前を、ひとりひとり呼ぶ。

あたしの名前は、7番目。ただ、名前を呼ばれて、返事をするだけ。他の先生だったら、なんてことない。でも、けいちゃんがするんだ、って思ったら、自分の番が回ってくるのが、凄くドキドキした。


「――春日千帆」

それはこれまで呼んだ6人と何も変わらない調子だった。当たり前。

なのに、何であたし、がっかりしてるんだろう。けいちゃんは、あたしの名前だけ、あたしだけにわかるように、いつものほわんとした声で、呼ぶとでも?

呼んだ後で、いつもみたいににっこり笑ってくれるとでも?


教室の中じゃ、『遠藤先生』にとって、あたしは38人のうちの一人。特別でも、何でもない。

わかりきった事実なのに、胸が凄く苦しい。


「春日?」

返事をしないあたしに焦れたように、けいちゃんはもう一度、あたしの苗字を呼ぶ。


「……はい」

あたしの声は、蚊が泣いたみたいな、小ささだった。



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あきゅろす。
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