先生≠彼【完】
#1
天井まである本棚の影に隠れ、上から覆い被されるようにされたキスは、少しほろ苦い。これで、何回目だっけ。数えてるうちに、あたしの中に長い舌が入り込んできて、意識がそっちに向かう。
歯列をなぞられ、舌先を吸われると、口の中に充満するコーヒーの味と香りにくらくらした。
んっ、とあたしが苦しげな呼吸をすると、けいちゃんはあたしから唇を離して、あたしの顔を覗き込む。
切れ長の綺麗な瞳にあたしだけが映ってる。柔らかい笑顔に、何故か泣きそうになって、慌てて俯いた。
あたしが照れたのかと思ったのか。
「可愛いね、千帆」
けいちゃんはそう言って、あたしの頭をぐりぐり撫でる。
もう17歳。身長だって163センチ。いい子いい子されて喜ぶ年でもないし、絵面的に似合う可愛らしい体型でもない。でも。けいちゃんにナデナデされるのは好き。たとえ子ども扱いされてるのだとしても。
22才、身長183センチのけいちゃんの隣だと、『背がすらっとして、しっかり者』のあたし、春日千帆はちっこくて可愛い女の子になる。
「ダメだよ、けいちゃん、こんなとこで」
漸く平常心を取り戻したあたしは、周囲を見回しながら小声でけいちゃんに注意する。
平日の夕方、閉館時間近くの市立図書館。しかも2階の郷土資料のコーナーの近くに人影はないけど。
「ごめんごめん、千帆に会えるの久しぶりだったから」
屈託のない笑顔で言われると、文句を言う気を無くしてしまう。長身の上に、爽やかイケメンは得だ。『人は見た目が9割』なんて、ちょっと前にベストセラーになったけど、あながち間違ってないと思う。
「けいちゃん、今日は何借りるの?」
「予約した本の受け取りくらいかな」
「ありゃ珍しい。いつも最大貸出冊数まで借りるけいちゃんなのに」
疑問に思ったことをそのまま口に出すと、けいちゃんの顔が少し曇った。
「ちょっと忙しくなりそうなんだ。研究室に残るつもりだったんだけど、教員の空きが出来て潜り込めそうで…」
だから大好きな本も読めなくなるってことか。ん?あれ。教員?
「え、けいちゃん、先生になるの?」
「…なんで、笑いこらえてるの?」
「だ〜って、似合わないんだもん。教えられるの?」
「失敬な、免許はちゃんと持ってるよ」
けいちゃんこと、遠藤慧史(けいし)は、付き合って2か月のあたしの彼。
当たり前に出会って、当たり前に恋してた、あたしたちはある日突然当たり前の恋人同士じゃなくなる。
禁断の恋、秘密の関係。
でもまだこの時のあたしは、ふたりにそんな困難が降りかかるなんて、予想さえもしていなかった。
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