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気まぐれ短編集
本と僕と彼の居場所(上)
『喜一(きいち)の奴がそっち行ったぞ!』
『んだよ!逃げんなって。』
『てめぇうぜーんだよ!』

ボコッドカッ

「やっ…やめっ…」
『あっ?なら早く金出せよ。そしたら許してやるよ。』
「お金なんて…ない…っ。」
『ならざんねーん♪喜一くんは俺らの玩具になりましたぁ♪』

髪の毛を掴まれそのまま引きずられて行く。

そして、端に来ると服を無理やり脱がされそうになる。



誰も止めない。
先生も見て見ないふり。
助けもしない。
誰も…。


「その辺にしとけ。」
『えっ…。でも龍さん。こいつが…』
「いいから。」
『はい…。おい喜一。今日のところはこれで許してやる。次こそ遊んでやる。』

喜一が顔をあげると、そこには彼等の主格…龍ヶ崎がいた。

「ッ…なんでッ……。」
「やりすぎだと思っただけだ。」
「頼んで…ないです…!」
「……そうか。…そういうのが好きなのか。」
「ちがっ!!」
「なら…いい加減。俺だけにいじめられればいい。」

龍ヶ崎は喜一に聞こえるだけの小さな声でそう言って、そのまま立ち上がり他の奴らを引き連れてその場を去っていった。
喜一はその後ろ姿を見て、嬉しいような悲しいような複雑な心境に顔を歪めた。




喜一は大人しい普通の男子高校生だ。
しかし、話すのがあまり得意ではなない彼に友達など多いはずもなく、いつも1人でいた。
そんな彼が標的になったのは高校に入学してから少したった夏の事だった。



クラスには見るからに不良な6人組がいた。
彼等は学校には来るものの、授業はほとんど出ずに、屋上にいることが多かった。
初めは喧嘩をしていた仲だった彼等だが、龍ヶ崎の圧倒的強さに、他の5人は取り巻きとなることに決めたのであった。

そんな彼等に喜一が目をつけられたのはある日の昼休み。

いつも通り“5人がじゃんけんをして、負けた奴が龍さんと他みんな分のパンを買う”というルールのゲームに負けた石田が、購買でパンを買って屋上に戻る途中、たまたま図書室から本を借りて出て来た喜一にぶつかり石田の買ったパンが潰れてしまった。

その責任をとれ、とそのまま屋上に連れて行かれたのがきっかけであった。

それからというもの、バッタリ出会したものならパシリに使われたり、何もしていないのに殴られたり、それは酷い仕打ちを受けた。

そんな生活の中、唯一和めるのが本を読んでいる時になった喜一は、図書室にいることが多くなった。
図書室にはなぜか生徒も教師も殆ど寄り付かないため、とても静かだった。


いじめられては図書室に逃げ。
殴られては、本を読んで現実逃避…。
そんな毎日だった。


あの日までは……。


『捕まえたw』
『なんだよ。図書室なんかにいたのかぁ。』
『通りで見つからない訳だ…』
「や…やめっ…」
『今日こそ遊んでもらおうか?』

昼休み。石田含む取り巻き3人に追いかけられていた喜一はいつものよう図書室に逃げ込んだが、見つかって取り囲まれ、彼が着ていたYシャツを掴み引きちぎった。
喜一は(もう逃げられない…)と諦めた、次の瞬間。

「うるせーぞ。」

図書室に凛とした声が響く。
3人は『あっ?』と声がした方に睨みを聞かせたが、顔が見えた瞬間顔を青くして喜一から手を離してその人物に向かってペコペコと頭を下げる。

『あれ?龍さん。なにしてるんすか?』
『今日は屋上じゃないんで?』
「寝てたんだよ。お前らが来るまではな。」
『そ…そうッスか。そりゃすんません。じゃ…俺らはこれで…。』

そういって3人は喜一の髪を掴み引きずって連れて行こうとしたその時。

「待て。」

龍ヶ崎が止める。
そして、喜一を指差して言う。

「それは置いていけ。」

龍ヶ崎に言われたら逆らえない3人は、子供が親に玩具を取られたような顔で渋々喜一をその場に下ろし、図書室から出て行った。

喜一は龍ヶ崎が命令したことだと思っていたため、ここに留められた事に疑問を抱きながらも不安を隠しきれなかった。

「おい。」

急に話しかけられビクッとなる喜一。
恐る恐る龍ヶ崎の方を向く。
日の光を受けてキラキラと光る金髪。
喜一は思わず…
「綺麗…。」
と呟いてしまう。

その言葉を聞いて龍ヶ崎はズイッと喜一の顔の前に自分の顔を近付けた。
喜一は殴られると思い、目を瞑って急いで謝った。
「す…すみません。僕変なこと言「綺麗か?」」
しかし、その最中に龍ヶ崎の声が被った。
「えっ?」
と思わず瞑っていた目を開き、何を言ったのか確認し直すと、龍ヶ崎は

「俺は綺麗か?」

と聞いてきた。

髪は金なのに不釣り合いなくらい黒い瞳。
その全てを見透かされそうな真剣な眼差しに喜一は目を合わせることが出来ず「き…綺麗です。」
と斜め下を見て答えた。

すると、喜一の額に温かいものが当たる。
それが何であるか理解するまでには少し時間がかかった。

「…………ッ!?…なっ!?」

何するんだ!と叫ぼうとして龍ヶ崎の言葉に遮られる。

「さっき助けてやったお礼をもらっただけだ。」

そう言われ、先ほどから引っかかっていた疑問を口にした。
「あれはあなたが命令したんじゃないのですか…?」

すると、龍ヶ崎は顔をしかめて言う。

「あれはあいつらが勝手にやってることだ。俺には関係ない。だが、俺に止める権利もない。」

そう言って喜一から離れて、先ほどまで寝ていたであろう場所に戻ろうとした。
また寝ようとしている龍ヶ崎に、喜一は慌てて言う。

「じ…じゃあ、なんでさっき助けてくれたんです…?」

龍ヶ崎はこちらを向かないまま「ただの気まぐれだ。」とだけ答え、そのまま奥に行ってしまった。

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