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宝石箱に入りっぱなしの宝石は錆びていく@(土ミツ)
都会から離れたとある地方。
そこは、人口は決して少なくないが石を投げれば知り合いに当たるほど人付き合いが活発な街だった。



青いうちの都会へ出たがる若者が、成熟して人との繋がりが確立されていくと街への愛着が深まって結果留まるほどに、その街は過疎や少子高齢に無縁な平和な場所だった。



ただ、いくら人付き合いが深く戸締まりなしで出かけられる街だとしても犯罪は起こる。新聞を賑わすようなことは起こっていないが、親交が深いと同時にいざこざも耐えないということで、警察署なるものが街の中心部にあった。


その警察署の副署長が、知る人ぞ知る土方十四郎である。
彼が生まれ育ったのはこの街ではないが、署長の近藤に腕を見込まれてから警察官になり、天性の剣術と鍛練した体術を武器に、泣く子も黙る鬼として副署長まで上り詰めたのである。




そして今日、五月五日。
こどもの日でもあるが、その警察署と関係者にとっては、そんなほのぼのとした祝日ではなく。
鬼の副署長の、誕生日であった。













「よーしお前ら!今日は飲むぞ!乾杯ー!」




署長の近藤の音頭とともに、グラスをぶつけあう音が宴会場に響いた。
町外れにある居酒屋の二階を貸し切って執り行われているのは、街の警官による誕生会である。



主役の席に座っている土方は、ガキじゃあるめーしと口では言っていたが、内心嬉しがっているであろうことが彼と親交深い者にとってはよく見て取れた。




「トシ!誕生日おめでとうな!」



場を取り仕切っていた近藤が土方の隣にどかりと腰を下ろした。
素面でも騒がしいのは近藤の日常だが、土方はそれを喧しいと思ったことは多々あれど嫌悪は抱いていなかった。



今この会場で一番付き合いが長いのが近藤で、普段は口にも態度にも出さないが多大な恩義を抱いている。



「ああ。ありがとな、近藤さん」


「へー、土方さんが礼言ってらァ。明日は床上浸水しやすぜコレは」


「いちいち一言多いんだよテメェは!」




そして、近藤の隣に素早く移動したのは若くして一課長を勤める沖田総悟である。


土方が署に入った時に既に彼はいたが、年は土方の方がいくつか上だった。


もとから沖田は近藤に懐いており、恐らくそれは幼くして父親を亡くしているためだろうと土方は思っているが、そのため入った当初から近藤の右腕の座に付いていた土方を目の敵にしていた。


もっとも沖田が土方を嫌うのはそれだけが理由ではないが、共に交通整理のため路上に立つとあからさまに土方に車をぶつけようとしたり、犯人を捕える時に故意に土方に発砲したりと相手が土方でなければ死んでいるようなことが多々ある。



それでも、土方と沖田は署を、いや街を守る二匹の番犬として君臨している。この街で大事件が起こらないのは、そのおかげと言える。



そして。




「こらっ、ダメでしょそーちゃん。そんな口の聞き方をしちゃ…」



沖田の正面、土方と近い場所に座ってアルコール度数の低いチューハイを飲んでいるのが、沖田ミツバである。



彼女自身は、警察組織に属していない善良な一般市民だが、沖田総悟の姉としてたまに夜勤明けの皆に差し入れを届けてくれる。


彼女の手作り料理は裏を返せば眠気覚ましにはもってこいで、それを差し引いても署を一歩引いた所で見守る彼女を慕っている輩は多い。



最初、ミツバはこの会に出るのを水を差すのではないかと躊躇ったが、溺愛している弟にどうしてもと言われて出席することになったのだ。




「十四郎さん、お誕生日おめでとうございます」


「…おう」




どこか後ろの方で冷やかすような声が聞こえたが無視して、ビールを流し込む。



沖田総悟が土方を嫌うわけ。それは、愛する姉を盗ったという最大の理由だった。


早くに両親を亡くした二人はずっと共にあり、姉弟仲は街一番と言っていいほどだ。
そんな姉を、弟からすれば口説き落としてかっさらった土方はまさに悪漢である。



ことあるごとにそのことをネチネチと言っている沖田が、何故誕生日だからと言って土方がいる場に姉を呼んだのか。
その理由を知っているのは、当の沖田と近藤、そして土方だけだった。










宴も盛り上がりを徐々に加速させていき、最早誰のための宴会なのか分からなくなってきた頃。


ハイペースで酒を飲んでいた土方が、ゆっくり中腰になった。
そして、ミツバのもとへゆっくり近付く。




「…ミツバ」


「十四郎さん?どうしたんですか?」


「…酔ったみてぇだ。トイレ付き合ってくれ…」




顔を青くさせて口を押さえる土方の背中をさすりながら、ミツバは頷いた。


そして、盛り上がりの妨げにならないようひっそりと会場を後にする。




その姿を捕らえていたのは、どこか寂しそうに笑っている近藤と、悔しげにしかし仕方ないといった表情を浮かべる沖田だけだった。




「と、十四郎…さん…?」



襖を閉めた途端に手を握って、はっきりとした足取りで歩く土方にミツバはただ引かれていくままだった。



酔ったのではなかったのか、もしかして酔いすぎて頭が回っていないのか、と思った。そのまま居酒屋を出た時でさえ、ミツバは外の空気が吸いたいのかな、としか思わなかった。



普段、ミツバに対して接吻すらろくに迫ったことのなかった土方の真意をようやく知ったのは、そのまま少し離れたホテルに入った時であった。



「と、十四郎さん、ここって…」



慌てるミツバをよそに早々とチェックインを済ませて部屋へ向かう土方。
道中、彼の表情は全く見えなかった。いや、土方が早く歩きすぎて見せなかったと言うべきか。



そのまま引きずられるように部屋に入ると、シャワー浴びて来い、とそれだけ言われた。
その声はいつも聞いている土方のもので、決して酔っていないことがようやく分かった。




いきなりのことで羞恥が多少、いや大いにあったが、誕生日だからきっと羽目を外しにきているのだろうと、そう思ってバスルームに向かった。


いや、そう思ってではない。そう思いたくて、だ。
土方のこの一連の行動は明らかにおかしい。羽目を外したいからといって、同意無しに連れ込むのは土方らしくない。いや、土方のミツバに対する扱いがらしくない。



それは一番ミツバがよく分かっていたが、考えないようにした。
嫌な予感、とまではいかないがモヤモヤした黒いものが頭の片隅にある。



ミツバのこうした感覚は当たることが多い。数年前、いつも通りに出勤していく弟の背中に同じことを思ったその日、総悟は追いかけていたひったくりに突き飛ばされ、階段から転げて腕にひびが入ったのだ。




熱いシャワーを頭に浴びせ、考えることを止める。総悟の時も、あれこれやきもきしたせいでああなったかもしれないのだ。だから何も考えないことにした。





そしてその晩、土方はいつになく貪欲にミツバを求めたのだった。











(ひじか誕ということで始まりました。温かく見守ってください)

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