阿部切
あの日、多分彼奴は泣いていたと思う。
こっちを向かなかった、
何度か肩が揺れていた、
それでも、オレは決して抱き締めたり、甘い言葉をかけるなんてする気もなくて、
ただ思ってたんだ。
泣いてるのかなって。
よくよく考えたらあの時のオレは冷静だった。
というより、彼奴が何を言いたいのか全てわかっていて、どうしなきゃいけないのかを既に考えつけていたのかもしれない。
また幼馴染みに戻ろうと言った彼奴の言葉に異存なんてなかったし、本当に前みたいに戻れると思ったオレはどうしようもなく馬鹿だ。
彼奴はわかってたのに、そんなのが無理だって事を。
『たかーこれお弁当。』
「ご苦労」
『ほんと凄い迷惑なんだからやめてよね!
…てか、あたしに頼っちゃ駄目だよ…』
「は?」
『馬ー鹿!んじゃね』
彼奴が教室を出てくと直ぐ様にオレの服が引っ張られる。
何だよとか思って顔を上げるとそこには最近付き合い始めた女が不服そうな顔で立っている。
「‥あのこ誰?」
「幼馴染みだけど」
「仲良いの?」
「別に…」
正直めんどくせー、そう思った。
オレは別にこの女が好きなわけじゃないし、しつこいから付き合ったと言っても過言じゃない。
「あんま仲良くしちゃやだ…」
「………」
オレはずっと変わらない、彼奴とは小さい頃から変わらない幼馴染みを続けているだけで、文句を言われる筋合いだってない。
腹が立って黙って席を立つと、そいつは涙目になりながらオレを見る。
「どこ行くの?」
「うるせェよ、ついてくんな」
「阿部!言い過ぎだぞ」
苛ついたオレを抑えようと花井が口を挟むけどそれすらムカついてオレは何も言わず教室を出てく。
「なんなんだよあの女…」
拳を固く握りしめ傍にある机を叩きつける。
虚しい音が部屋いっぱいに反芻して、やるせない気持ちになった。
『やっぱここにいた!』
その声は幼馴染みの声。
姿を見てなくてもオレが他の奴と間違えるわけない。
『花井君心配してるよ…あと、彼女さんも…駄目っしょあんま心配かけちゃ…』
笑っているのにその瞳の奥が揺らいでいる。
オレがそんなのに誤魔化されるわけない事、こいつならわかるはずだ。
という事はこいつは何か大事な事をオレに言いにきている、そう考えつくまでに時間はかからなかった。
『隆也、私達はさ幼馴染みだけど…
昔みたいにいつも傍にいて、何をするにもお互いがお互いを頼ってた幼馴染みには…もう、戻れないんだよ。』
言いたい事が理解出来ない。
いや、したくないのかもしれない。
『恋人と幼馴染みは違うから。』
どうして安心したんだろう。
付き合ってなんかいなくても離れていかないなんて、どうして思ったんだろう。
なんでオレはあの時…最後の最後であの手を離してしまったんだろう。
『だからぁ、今傍に居なきゃいけない人、間違っちゃ駄目だよ? 』
小さな子供を諭すようなその言い方、いつもなら絶対言い返していた。
だけど今は何も言えなかった。
何も言うな、と言われてるみたいで、
『私先戻ってるからさ、隆也も戻って皆に謝りなね』
閉められた扉。
オレは馬鹿だ。
本当、馬鹿だ…
居なくなって初めて気付く
(どんなに大事に想っていたのか)
(どんなに必要としていたのか)
(どんなに、愛しかったのか)
20100418.
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