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つまり、甘過ぎるのだ




「政宗様」
「嫌だ」
「しかし」
「聞き飽きたぞ小十郎」
「ならば小十郎が申し上げなくともよろしいように致してください」
「無理だ」

膝の触れそうなくらい近くで正座し、互いに睨み合ってそんな応酬を続けて数分。
その諦めの言葉とともに政宗は正座を崩し、畳に両手をついて足を伸ばした。
そうして痺れたらしい左足の足首をくるくると回しながら興味なさそうにため息をついた。

「なぜです?」
「愛は可愛いし、確かにいい女だけどな……なんかその、な、できねぇ」
「しかしお世継ぎを成さねばなりません」

最近小十郎が口を酸っぱくしてこのことを政宗に言っている。
家臣と主でありしかも同性という二重の禁忌を犯しながらも長年の懸想が通じて数年。
愛してやまぬ主に自分以外の人間を抱けと言うのは小十郎としては嫉妬と心苦しさで煮えくり返りそうなのだが、政宗の一番の家臣である以上言わねばならなかった。
政宗もそういう年なのだ。
いくら父輝宗が取り成した政略結婚とはいえ、政宗は伊達家当主として世継ぎを成さねばならない。
婚儀が通常より早かっただけ
に、今では世継ぎはまだか、ひょっとしてできぬのでは…と訝る声が燻り出しているのを小十郎は知っている。
世継ぎが生まれぬとなれば政宗に反旗を翻すものも出てくるかもしれない。
だからこそ政宗の保身のためにも涙を飲んで愛姫との間に子をもうけてほしいと口を尖らせて言っているのだが、政宗は小十郎のそんな努力を汲み取ることはない。
いったいどこで育て間違えてしまったのだろうか、と小十郎は自分から目を背けて障子の外を眺める主の横顔を眺める。

「わかってるけどさ……父上たちが勝手に結婚決めたんだ。ほんとに好きでもないのに手ぇ出せねぇっつうか……愛だって最上に思い人とか居るんじゃねぇかって思ったらさ」

政宗が饒舌になるのは言い訳をしている時だ、と小十郎は昔からの付き合いでわかっている。
母親との不幸があってから、政宗が女性に苦手意識を抱いているのも、おそらくは生まれてくる子供に自分のようなことがあれば、と不安を抱いていることも小十郎はわかってはいる。
だが、だからと言って自分との恋をいつまでもぬくぬくと貫いていていい立場ではない。
それは小十郎は十二分にわかっているのだが、何せ相手は自分のただ一人の思い人の政宗だ。
愛らしさだけではなく、自分との色事を覚えて格段に色香が増した政宗は、時々理性の塊のような小十郎の堅い決心ですら崩してしまうのだ。
今だって、そうだ。
拗ねたように顔を背けながらも膝に頭を乗せてきた政宗を跳ね返すことができない。
さわり心地がとうに指に染みついている濃茶の髪と袷との間から無防備に覗く白い首筋に小十郎は心臓を掴まれた心地になる。
無意識に指先を伸ばそうとした己の右手を握りこみ、小十郎は咳払いをして渋々口を開く。

「そんなことを言って小十郎にくっついていらっしゃるのなら愛姫様も怒りますぞ?」
「それなら心配いらねぇよ」

先ほどの機嫌の悪さから一転、明るく抜けた声で言うと、政宗は小十郎の膝の上でくるりと身体を仰向け、小十郎を下からじっと見つめる。

「と、言うと?」
「愛は俺が小十郎が好きなこと知ってっから」
「なっ……政宗様!そのようなことを正室である愛姫様におっしゃったのですか!?」
「あぁ言ったぜ。嫁いできた日にな」
「いったい……何とおっしゃったのですか」

心の中では聞くべきでないと警鐘が鳴っているのだが、政宗が何を言ったのか知りたいという心が勝って小十郎は尋ねた。
すると政宗は、

「俺は愛を愛せるかどうかわからない。小十郎が一番だから、って」

臆面もなくそんなことを言ってのけたのだ。
まさかとは思っていたがやはり思い通りの言葉が政宗の口から出てきて小十郎は肩を落とす。
そのついでにため息もこぼした。これ見よがしに盛大に。

「……政宗様」
「そしたら愛、なんて言ったと思う?」

小十郎の懊悩も知らずに政宗は何か面白いことを隠している子供のように嬉々として小十郎に尋ねた。

「さて……わかりかねます」
「『それでは愛は小十郎様の好きな政宗様を好きになることにいたします』だって」

小十郎は開いた口がふさがらなかった。
どんな罵倒の言葉が出てくるかと思えば、その正反対の言葉だ。
これではまるで。
一番立場のないはずの愛姫が自分と政宗の恋を許しているようではないか。

「それ聞いてさ、惚れ直したぜ」
「……それはようございました」
「お前女も認めるいい男だったんだな」
「は?ま、政宗様?愛姫様に惚れ直したのでは?」
「あ?違ぇよお前だって。お前結構表情硬いからさー、女が怖がって逃げると思ってたからよ。俺としては鼻が高いぜ?」

そうして小十郎の首に腕を回した政宗はちゅ、と小十郎の頬に口づける。
小十郎は複雑極まりない心境だった。

心の中では嬉しいのだ。
主とはいえ自分の全てを投げ打ってでも守りたいと思える政宗が自分を好きだというてくれているのだ。
嬉しくないはずがない。
本当ならこのまま目の前に政宗を今すぐ掻き抱きたいくらいに嬉しくて仕方ないのだ。
ただ自分が政宗の正室を差し置いてその本人に愛されているのだということを除けば。
こんなことが知られたらどうなるか。
伊達家17代当主政宗が男である家臣を愛するあまりに正室と夫婦生活を営めずに世継ぎができないともあらば。
正室の面子を塗りつぶしてしまうどころか反逆だとか主を誑かしたとか言われてひっ捕まるに決まっている。
ひょっとしたら首が飛ぶかもしれない。
そうなって悲しみに暮れた政宗が愛姫と子を成さぬままならばそれこそ伊達家滅亡の危機だ。

「政宗様……後生ですからお世継ぎをお成しください。小十郎はたった今三途の川を渡る心地がしました」

この、背中を伝った震えはきっと。
政宗を甘やかしすぎた自分に跳ね返ってくるつけに対する震えなのだ。
自分がそんな恐怖にうち震えていることも知らず、不思議そうに顔を覗き込んで手を握ってくる政宗を……愛おしいと思う自分に事の全ての原因がある気がしてならない。
そしてそれを叱ることも跳ね返すこともできずに受け入れてしまう自分の甘さにも。

政宗と愛姫の間に第一子が生まれたのはそれから数年後のことである。



 後書き☆

愛姫もそれなりに好きではあるけれど小十郎が大好きな政宗。
口うるさく言いつつも結局政宗には甘い小十郎。
そんな二人が書いてみたくて書きだしたら面白い面白い。
愛姫がちょっと妄想気味で「政宗様と小十郎様…素敵」とか思ってたら面白いなぁ。
政宗よりもひょっとしたらしたたかな愛姫に小十郎が翻弄されるのもまた一興笑




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