スクランブル・マンション06 小十郎がキッチンの明かりをつけると机の上に置かれたおかずにはすべて皿で蓋がしてあった。 料理が好きな政宗が小十郎が帰ってくる時にキッチンにいなかったことなど珍しいが、小十郎の帰宅を出迎えないなどもっと珍しい。 広間で待っていた佐助たちに事情は聞いていたが、どうやら結構堪えているらしい。 心配になってきた小十郎はすぐにソファに鞄を置いて寝室に向かった。 音を立てないようそっとドアを開ければ窓から差し込む外の明かりが、ゆるやかに膨らんだベッドをぼんやりと照らしている。 「政宗」 頭まですっぽりかぶっていた掛け布団をめくって、猫のように丸くなっていた政宗の頬に小十郎は口づけた。 ん、と鼻にかかった声を上げた政宗はごしごしと目をこすり、ころりと仰向けになる。 ようやく小十郎を映した目が少し潤んでいて、赤く腫れていた。 「小十郎……」 「どうした?」 「いや…行くな…行かないで……ここにいて……」 「何の話だ?俺が政宗を置いていくはずがない、だろう?初めから話してくれ」 「幸村がっ……実家、帰らないのかって」 「あぁ」 「小十郎は実家……帰る?年末とか……」 「冬休みか?俺には政宗のところ以外に帰る所なんかないぞ」 それは一かけらも嘘偽りない小十郎の本心だった。 政宗も小十郎も全てを捨ててでも互いを選んだのだ。 今更過去を顧みるようなことはしない。 小十郎は言葉という不確かなものを信じたし、そして言葉を心の奥底では信じようとしない政宗にもどうか信じてくれと乞うた。 薄幸な人生を歩んで来た政宗を幸せにしてやりたいという一心で。 そのことを理解し、小十郎を信じたからこそ二人で生きると誓ったあの時、政宗は首を縦に振ったはずだ。 それでも、 「……嘘」 「本当だ」 「信じられない」 「信じてくれないのか」 「嫌だ」 「じゃあ、どうしたら信じてくれるんだ?」 不安になった政宗はよくこうして拗ねて、信じられないと言う。 だがそれは裏を返せば小十郎への甘えであり、自分の存在を肯定する言葉を求めているだけなのだと小十郎は知っている。 「……わかってる、だろ」 「まぁな」 声の調子が大分いつものように戻って来たので小十郎は安堵した。 政宗を抱き起こすと、するりと首筋に腕が巻き付いてきて、温もりを確かめるように頬に頬をぴたりと寄せてくる。 他人には決して見せない、甘えたがりな部分を小十郎は愛おしく思う。 だから言葉だろうと温もりだろうと繋がりだろうと、政宗が欲しがるものなら全部与えてやりたいのだ。 政宗の首筋に手を伸ばした小十郎は、愛しむようにそこを指先で撫でる。 「っ……」 びくりと大袈裟なくらいに肩を震わせ、政宗は咄嗟に小十郎の指先から逃れようと身を捩る。 それでも追いかけて捕え、そっと掌で触れると政宗の体が強張る。 首筋に触れられることに耐えるように固く結ばれた唇が、それに慣れてくると薄く開かれ、熱い吐息を逃す。 「こ、じゅうろっ……」 ぎゅっと閉じられた瞼がゆっくりと持ちあがると、その下には濡れた瞳が姿を現す。 政宗は首に触れられることに弱い。 「……はや、くっ」 政宗は口づけをせがんで自分から口づける。 小十郎はそれに応えてやりながら手探りでサイドテーブルの上のリモコンを取った。 照明を消すとまろやかな月の光が二人を照らし、重なった影が、床に落ちる。 そうして互いの唇を食むような口づけはすぐに深いものに変わっていく。 何度抱いても飽きぬほど愛おしいこの存在を、手放すことも傷つけることもできるはずがない。 初めて会った時から、自分はずっと惹かれているのだから。 [*前へ] [戻る] |