ヒバ
ふとしたとき、自分との力の差に気付かされることがある。
それは体術の時だったり、日常で何気ない時だったり。
その度に、少しの嫉妬と、よくわからない気持ちが渦巻くのだ。
「う、うー…」
あと少し、あと少しで届くのに。
背伸びして、思いっきり手を伸ばして、視線の先には少し高い位置の読みたい本。
決して自分は身長が低い方ではない。なのに届かない。悔しい。
「この本?」
「あ」
スルッと、いとも簡単に欲しかった本が抜かれた。
少し隣を見れば、見知った横顔。
思ったより近い距離に、一瞬だけドキリとした。
「はい、和葉ちゃん」
「…あ、りがと」
「珍しいね、和葉ちゃんが書庫に居るなんて」
にこにこといつもの笑みを浮かべるそいつ。
手にある本を見て、少しもやもやとした。
たいして、身長の変わらないこいつが、簡単に本を抜き取るのがおもしろくない。
こうしたもやもやが、つい最近多くなった。
小さい時はあたしの方が身長も、力も強かったのに。
昔より、随分男の子になった。
「遠野、本見つかったか?」
知らない声がした。
振り向けば、やっぱり知らない顔。
「うん今行く。…じゃあ、またね和葉ちゃん」
「あ、うん」
最近、知らない人たちと一緒に居ることが多い。
あたしの知らないあいつが、その空間には居る。
今まで、友達はあたしだけだったのに。
ああほら、またもやもやしてきた。
誤魔化すように急いで書庫を出る。
出る時に見えたあいつの顔。
そこには楽しそうにはしゃいでいる、普通の男の子。
あたしの知らない、あいつ。
「和葉ちゃん」
声が後ろから聞こえた。
聞こえないふりをして、前に進む足を止めない。
「和葉ちゃんっ」
また聞こえた。
知らない知らない。あんたなんか知らない。
「和葉ちゃんてば!」
「!」
二の腕が掴まれ、グイッと引かれて後ろを振り向かされた。
自分の腕にある手にドキリとする。
あたしと違って少し大きくて、ちょっとごつごつした手。
触られてる部分が熱い。
「どうしたの和葉ちゃん、帰るの?」
「…あんたに、関係ないじゃない」
「…和葉ちゃん?」
どうして、あたしは泣きそうなんだろう?
分からない。知らない。
「…あんたなんか、嫌い」
ぽつ、と出た言葉。
なんでその言葉を言ってしまったのかは分からない。
でも、その言葉を言ってから、何故だか凄く胸が痛くなって、目から何か零れた。
「和葉ちゃん!?」
「あ、あんたなんか、知らない…っ」
「…僕、何かした?ごめんね和葉ちゃん…ごめん」
違う。違うの、嫌いなんかじゃない。
謝らないでよ、あんたは悪くない。
「…和葉ちゃん…」
「…っ、二葉の、ばか」
「……」
「なんで、あたしの取れない本、取っちゃうのよ」
「え…それで怒ってるの?」
「ど、してあんた、遠くに、いるのよ」
「…?」
「どうして、あたしの傍にずっと居ないのよ…!」
置いていかないで。あたしの前を歩かないで。あたしが知らない顔をしないで。
「あんたなんか、大嫌い」
胸が痛い。涙は止まんないし、もうどうしていいか分からない。
「…っ」
「…和葉ちゃん…」
「……」
「…もしかして、寂しかった?」
「は!?な、なにが!」
「姫葉さんたち演習中で会えてないし…もしかして寂しかったのかなって」
「な、そ、そんなわけないでしょ!」
「…違うの?」
思わず顔を上げれば、近くにある顔。
それにまたドキリとして、俯く。
さっきと違った、胸の痛み。
「…和葉ちゃん?」
「……」
「……帰ろうか」
「…うん」
前を歩く。少し遅れて、歩き出すあたし。
あたしの歩幅にさり気なく合わせる二葉。
遠くならない。でも近付くこともない。
数歩前を歩く君。
「…っ」
「ぅわあ!?」
後ろから、抱きついてやる。本が落ちた。
あたしより大きい背中。しっかりとした体。
いつからだろう。こんなに変わったのは。
「か、和葉ちゃん!?」
「耳、真っ赤」
「和葉ちゃんだって、赤いよ!」
「赤くない」
顔を見られないように顔を埋めた。
知ってるにおい。優しくて暖かくて、安心する。
「あ、あの、和葉ちゃん、どうしたの一体…!」
「……ごめん」
「…え?」
「嫌いなんて、嘘だからね」
「…あ、う、うん」
「…ご飯」
「へ?」
「ご飯、食べに行くからね。明日も、明後日も、食べに行くからね。それから、ちゃんとあたしに会いに来なさいよ」
やっぱり寂しかったんだね。なんて言って笑う二葉に、そうかもしれないと笑うあたし。
さっきまでのもやもやが、無くなっていく。
「帰ろう」
「うん」
あたしの落とした本を拾う。
それをあたしに渡すことなく手に持って、前を行く二葉。
伸びる影。遠くならない、けど近付くこともない距離。
でもさっきより、心地良い距離。
ヒバ
「あたし、肉じゃが食べたい」
「え、今から肉じゃが…?」
「良いでしょ別に」
「う、うん」
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