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それはもう誠実に、


しばらく出かけていた。久しぶりにいつもの家へ行けばなぜだか嫌な予感がして玄関に足を踏み入れればそれが確実なものとなった。己のタイミングの悪さに辟易したが知らなかったら知らなかったでやはり好い気はしないだろうからため息をこぼしてさっさと上がり込んだ。覚悟などあの旧知と知り合ってからとうに出来ている。床に散らばったガラス(花瓶だろうか)を踏むまいとしきりに下を気にして部屋へ向かった。

(いた)

こちらに背をむけて小さく丸まっている男を見付けてとりあえず安堵する。薄い肩が上下しているからひとまずは安心だ。そのまま顔を覗き込めば意外にも男は起きていた。

「あんた、大丈夫か」
「………だいじょうぶに、みえるか」

返ってきた悪態に宥めるように息をこぼして鼻から横に伝っているこびりついた赤に触れた。冷え切っている。

「また派手にやられたなァ」

笑えばむっとした様に目を鋭くさせる彼を見てやめておけと掌で目許を覆った。腫れ上がった瞼を見ていたくなかったからだ。

「風呂、入れてくる」

待っていろと手近にあった掛け布団を被せてやる。ビリビリと破れているそれは後で廃棄だなと頭の隅にいれておいた。


やや熱めのお湯に身体を沈めれば彼はギリギリと息を吐いた。傷口が痛むのだ。ちらりとそれを確認してそれから温めたタオルを目に当ててやった。まだ身体がお湯になれない彼は膝を抱えたままだ。丁度いいとそのまま浴槽の縁に頭を預けてやって流しはじめた。じんわりと染み渡る熱に強張った身体が和らいでいくようだった。優しく優しく洗ってやる。

「で、ヅラに何言われたんだ」
「…………」
「まぁ想像はつく」
「だったらきくな」

悪ィと頭を撫でてやって機嫌を伺えばさして気にしていないようだった。疲れているのだから当然か。重たい身体、回らない思考と温かな熱でもって遠のきはじめた意識にいいから眠ってろと軽く額を小突いた。


相も変わらずあの長髪は得意のねちっこさで嫌みを連ねてやったのだろう。土方も最近は我慢強くなったのだがそれも敵わぬほどのものだったのだろうか(以前銀時にボコボコにされたのを忘れたわけではあるまいに)。
わしゃわしゃと髪を泡立てながらぼんやり思う。


銀時は、どこかおかしい。


だからといって自分が何かしてやれるかと言えばそうではない(当たり前だ自分は医者ではない)。ただあの歪みはどうにかならないかと考えるばかりだ。この男を、土方を愛しているんだろうに。目の前の男が呼吸するたびにヒューヒューと掠れた音をたてるのになぜだかいたたまれなくなった。


銀時は、おかしい。


以前からそれこそ出会ってからその異常さには気付いていた。ゆらゆらと不安定な精神、やわらかく笑っていたかと思えばそのつぎ染まる赤。なまじその腕っ節が強かったため狂気は際立っていた。誰もが距離を置きたがるその人の周りにいたのはなに自分も変人だったからだ。そうして奇人が四人、変わらずにつるんでいるのにはどうしようもねぇなと思う。離れなかったのはその狂気がどうにも心地良くまた自らもその狂気を内包していたからだ。彼の人のように顕著に見えないだけで自分たちはそれを抱えて生きてきた。だからこそあの戦争を生き抜いてこられた。今さら変えられないだろうし輪を抜けたら抜けたであの夜叉はどこまでも追ってくるだろう。そうあの男は何よりも仲間を大事にしている。とりわけあの地獄をともにした自分たちを。なぜだかはわからない。だが自分たちは随分と彼の近い位置にいたからそれが理由のようにも思えた。危害を加えるものには徹底的に。度を超したそれは異常の域にも達しているのだが普段の生活でそれが影響されることはなに一つなかったのでさして気にしていなかった。互いの性癖などいちいち構っていられない。そもそもそれぞれが強大な力を持つ存在になったので自分たちに危害を加える人間などそうはいない。

だが、恋人が。

きっかけはやはり些細なことで口論がつかみ合いになったところで始まった。初対面のあの日、罵りあう口喧嘩を仲がいいなとにこにこと眺めていた銀時は互いに掴みかかった瞬間一変した。先に手を出したのは土方だった。右ストレートが桂の頬を捉えたと同時に吹っ飛ばされた。強烈な蹴りが入ったのだ。痛みにうずくまる土方をよそに銀時は殴り続けた。たとえお前であろうと俺の仲間に手をあげることは許さねぇぞ。血走った目で殴り続けた。これにはこちらもア然としてしまって特に桂は赤くなった頬を気にすることもなく間抜けよろしく口を開けて呆けてしまっていた。もちろんそのあとお前もなんで土方に手をあげようとしたとボコボコに殴られていたけれど。あのあと銀時はぐったりとした土方を愛おしそうに撫で俺の一番大事なものを大事なお前らに分けてやると土方の服に手をかけた。苛立っていたヅラはやたら乱暴に揺すぶって銀時に殴られていた。


あれから大分経つ。互いにわきまえることを覚えて適度な距離を保ってきたはずなのだが今回また同じようなことを繰り返してしまった。機嫌が悪くなければこれほど荒れはしないだろうが余程のことがあったのだろうか。なんにせよあの男から吹っかけたに違いない。いつもこちらに来るときは連絡しろと口煩く言っているので今回帰ると告げておけばまんまとダシに使われたようだ。土方の後始末を俺に任せようという魂胆だろう。でなければ戻ってきた丁度このときに、なんてタイミングが良すぎる。姑ってのは本当に嫌なもんだ。こうなることを避けるためにも傍にいてやりたいと思うのだが、何分こちらも用事がある。そうそう頭がふらふらもしていられないのだ。


銀時は、土方を愛しているようなのだが、どうにもこちらに比重が傾いてしまう。


なんとかしてやりたい。してやりたいのだが方法がわからない。まさか今さら理詰めも効くまい。はあと長いため息をついて名残惜しいが土方を起こしてやった。とにかく今は目の前の課題が先決だ。


(俺ならどうする)


恋人と仲間なんて汗くさい野郎共を天秤にかけたら間違いなく自分は恋人を選ぶ。がどこか壊れているあの白髪はそうではないらしい。


(愛を囁いてやさしく抱き寄せ最上級に甘やかす)


それが恋人にしてやるもんだと思うのだ。


「あんた、俺にしないか」

囁けば、俺にはあいつ以上の男はいないんだと返された。
あんたはわかってないよ、十四郎。
俺にとってもあんた以上なんてないんだよってこと。
……なんて。


うっすらと瞳を閉じた額に手を添えて、そいつは残念だと笑いながらそっと瞼に唇を落とした。


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超えられない壁。
20091030

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あきゅろす。
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