暴かれた慕情
※暴け劣情の続き
あたりはまだ随分と暗かった。深夜をとうに過ぎた今は明け方に近いというのに存外仄暗い。雨のせいだった。日付が変わってから降り始めたそれは止む気配がなく、ざーざーと煩わしく響いている。窓の外を眺めてこれは一日中降るのだろうかとぼんやりしていれば、布切れの音にはっとした。のそりと動くそれを見てほっと安堵すると同時に少し息苦しく思う。けぶる外湿った空気、雨のせいではない。
「起きたのか」
「……いま、なんじ…」
ぼうっと天井を見ながら土方は尋ねた。ゆるく瞬きをする瞼はいまだに腫れぼったいままで、恐らく半日はこのままだろうと頭の片隅ひそりと思う。
「4時まわったとこ。…具合は?」
「…だいじょうぶ」
ついで身体を起こそうとするものだから、止めておけと制止しようとしたら声をかける前にぴたりと止まった。苦い息を吐き出せば、自分の身体の状況がわかったらしい。それでもぎこちなく動こうとするので今度こそ止めておけと布団に戻してやった。
「…さかたは?」
「いねぇよ、あんたが寝てから出てったきり」
そうかと返ってきた返事はなんだか小さくてちっぽけだったから、こちらまで物悲しくなった。わかっているはずなのにあんたは何を求めるんだ?はぁと小さく呼吸する口許は頼りなく震えているものだから、そうっと頭を撫でて髪を梳いてやった。少しでもあんたがつらくないように悲しくないように寂しくないように。こんなとき嫌というほど自分が無力だと思い知らされる。あんたにしてやれる事は何ひとつ持ち合わせてはいないのだと。
「…あめ?」
「あぁ」
「すげぇおと…」
止まない雨に部屋が満たされていくようだった。この静かな空間には過ぎる音だ。長い睫毛がうとりと動くのを見るたびに思考が溶けていってあんたでいっぱいになるようだ。何度目かになる髪を梳く動作は不思議と飽きることはなく、その柔らかく細い黒が指に馴染む感覚をどこか愛おしく思いながらいれば、雨音と吐息が支配する部屋を彼は切り裂いた。
「……した、わるかった」
「なに?」
瞬きをひとつ、土方の動作は穏やかでしかしぎこちない。
「さっき、かんだから……。…いたい?」
夜目にも慣れたのだろう、こちらを向いて話す土方の目は先程とは変わって自分を写している。瞳の奥、写る自分はゆらゆらとなんだか不安定だ。
「あんたが気にすることじゃねぇよ、ありゃ俺が好きでやったことだ」
いつものように不遜に笑えているだろうか。つられて自分もなんだかぎこちない。揺蕩う視線は俺が笑ったと同時にじわりと歪んでしまったから、気を利かせたつもりが失敗したのだとわかった。
「気になるなら見てみるか?」
ごまかすように言えばこくりと首が上下して驚いた。
「おい…」
そのまま着物の裾を引かれたものだからドキッとしてバランスを崩す。身体は土方の上、覆いかぶさるように枕元に手をついた。こちらを見る真摯な目は変わらない。
「…みせろ」
存外しっかりとした音だったものだから思わず口を開いた。ぱさりと前髪が土方の額に落ちる。吐息が近い。
「…ち…まだ、にじんでる…」
やさしい音色は穏やかなのにどこか淋しくて切なくなった。誤解だ。これは俺の自己満足なのだからあんたが気に病むことなんて何ひとつない。しかし震える瞳を見るだけで声にはならなかった。それから静かに目を瞑ってもう一度彼はすまなかったと告げる。なんだか胸が苦しくて、でもどうすることも出来なくて、ついで出た声はとうとう震えてしまった。
「…あんたっ、もう、寝ろ…」
視線が合えば土方は笑った。緩やかに弧を描いた目許が閉じられて、小さく息をこぼす。
「……おやすみ、たかすぎ」
「あぁ……おやすみ、十四郎」
最後にもう一度だけ、愛しい髪を撫でてやった。せめてあんたが穏やかに眠れるようにと、柄にもなく祈りながら。
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こんなことがあったみたいです。
20091125
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