恋人でもねぇくせに
「お嬢さん、こんな夜道に危ないよ」
驚き見開いた目にしっかり写っている自分を確認してなんだか可笑しくなった。言葉もない彼にやわらかく笑ってやる。
「ご一緒させても?」
「…びっくりした、つかまだびっくりしてる」
「馬鹿いい加減慣れろ」
ぽつりぽつりと電灯の明かりが辺りを照らしている。すっかり夜の気配につつまれた道は驚くほど静かで先ほどからすれ違う人数もまばらだ。
「なぁ、普段もそんな格好で町出てんのか?」
土方はちらりとこちらに視線を寄越した。
「いや?いつもの着物だぜ?」
「…あの派手な色がなんで捕まえらんねぇのか不思議で仕方ねぇぜ」
「そりゃあんたらの腕の問題だろうよ」
「……」
途端にむっと頬を膨らませる男にくすりと漏らした。あんたのそういう幼いところが結構好きだったりする。ゆるく口許をあげて声には出さず笑った。
こうやって二人並んで町を歩くのは初めてだ。もちろん互いの立場上それは決して許されることではないから当たり前だろうし、いくら様子が違うからといってもさすがに日の下を隊服姿の彼とは歩けない。夜道だからできたことだ。先ほどからちらちらと、こちらを伺う土方の視線は珍しさからだろうか。
(こうでもしないとあんたと外は歩けないだろ)
確かに今はいつもとは違う黒と灰の落ち着いた色を着ているし、包帯も外して顔を曝している。うざったい前髪も上げているので印象はだいぶ変わるかも知れなかった。はらりと落ちたそれを左手で掻きあげそのまま撫で付ければ、ぼんやりと眺めている男と視線がかちあった。
「なんだ?」
「あ、や、…別に」
「あんだよ、言えよ」
「………」
ちらりとこちらを一瞥して、土方は正面を向いてしまった。歯切れの悪さを不思議に思う。はて何か気に障ることでもしたのだろうか。素知らぬふりの隣にかるく詰めれば居心地悪そうに身じろぎしながらそれでも土方はこちらを向かない。
「おい」
「………」
「おい」
「………」
「犯すぞコラ」
「ッ」
途端に距離をとる彼に冗談だバカと笑って額を小突いてやった。幾分背が高い土方が上目使いでさすりながらこちらを見るもんだから、なんだか変な気分になる。…あんま可愛い真似すんな、犯すぞ。
「言えって」
ニヤリと笑えば観念したように口を開いた。
「…アンタ、なんか」
「ん?」
「かっこいいよな」
「は、あッ?」
じぃっとこちらを眺めて土方は言った。おそらく外の寒さのせいで頬が赤いのだろうが、なんだか勘違いしそうになるから止めてほしい。それよりなんなんだ今のは。面とむかってこんな風に自身の事に触れられるのは初めてで落ち着かない。そもそもこいつ、銀時以外にンなこと言うのか。
「なんか、さっき会ったときから思ってたんだけど、」
「……」
「アンタいつもとえらく違うから、なんか、変な気がする」
「ま、ツラ出してるからな」
「いや、それだけじゃねぇよ」
雰囲気がすごい穏やかで最初誰だかわかんなかったんだ。続く言葉に内心ドキッとした。最近あんたといるときは自分でも驚くほど甘くなっているのに気付いてはいたから。そうか?と軽く流してやろうとしたが失敗した。続いてとんでもないこと言いやがったからだ。
「アンタ、やっぱすげぇ男前なのな」
いつものように顔を作れているか自信がなかった。中途半端に開いた口許は震えて随分みっともないんじゃないだろうか。
「その傷、ちょっと勿体ない気もするけど、でもやっぱ良いツラ構えしてる。男前」
こんなふうに往来で素顔を曝すのはめったにないから気になるのだろうが、いい加減俺の方が持ちそうになかった。お前俺を誰だと思ってんだ当たり前だろ今頃気付いたのかよと、普段なら出てくる軽口は頭の中ぐるぐる回るだけでいっこうに言葉にならない。
「いつもと違うし、なんか変だな、ドキドキする」
ははっと赤くなった頬を緩ませて笑うその人を見てこちらも真っ赤になってしまったんじゃないかと焦った。反則だ。何しおらしい事言ってんだ。ドキドキしてるのは俺の方だ、銀時に言い付けるぞと阿呆くさいことまで考えてしまって、なんだか馬鹿らしくなった。
「宗旨替えする気になったのか?」
「バカ言え、俺は坂田一筋だ」
返ってくる言葉はいつものそれで普段なら面白くないなと思うのに、今はほっとしてしまったものだからなんだか情けなかった。隣で穏やかに笑う彼を見て複雑な気分になる。何考えてんだ俺は。
たった一言で踊らされやがって。
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土方の帰りを待ってた高杉。
20091123
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