SS by astra
U.N.オーエンは小悪魔なのか? 小悪魔
『囚われの姫と悪い魔法使い』と一部話がつながっています。紅魔郷4面中ボスに名前がないことについて。
Remilia Scarlet
―コンコン
扉がノックされる。
「入っていいわよ、咲夜。」
ノックの主が誰かなんてことは、声を聞かなくても分かる。ここ、紅魔館の主たる私の寝室に入ってくる者は限られており、そのうちきちんとノックをして入ってくるのは咲夜だけだ。フランやパチェはノックせずに入ってくる。
「失礼いたします。先日注文した鏡が届きましたが、お部屋に運んでもよろしいでしょうか?」
「ええ。持ってきて頂戴。」
フランの運命が変わり、フランの部屋を監視する必要がなくなったため、以前あった全身鏡はもう必要なくなった。だから新しい鏡を注文したのだ。数人の妖精メイド達が大きな鏡を危なっかしく運ぶのを見ながら、私は咲夜に声をかける。
「この鏡にも愛称が必要ね。」
「必要…でしょうか?」
咲夜が困惑した顔で尋ねてくる。まったく、咲夜は分かっていない。
「必要よ。長く生きていると必要なものが増えてくるの。」
「私は逆に減っていくものだと思っていましたわ。」
「日常のどうでもいいことが重要になってくるの。名前は重要よ。特に私のような悪魔にとってはね。」
「はあ…そうですか。」
分かったような、分かっていないような返事が返ってくる。まったく、仕様のない犬ねぇ。
「パチェのところに行くわよ。いい愛称がないか相談しましょう。」
せっかく知識人を館に置いているのだ。こういうときにこそ役立って貰わないと。私は咲夜を伴って図書館へ向かった
Izayoi Sakuya
お嬢様の3歩後ろを歩いて図書館へと向かう途中、ふと嫌な予感がしたので時間を止め、いったん先に図書館へと向かう。
図書館前廊下には、案の定、丸めた雑巾を振りかぶり、今にも投げようとしている姿勢で停止している妖精メイドとその先で箒を構えた妖精メイドの姿。少し前に郷で流行りはじめた振り子打法かしら?
「…はぁ。」
私はため息をついて、メモを書く。
『2分23秒後にお嬢様がいらっしゃるわ。3分間だけでいいから真面目に掃除しなさい。なお、このメモは読み終えたら焼却すること。』
メモをナイフに刺し、丸めた雑巾と交換、振りかぶっているメイドの体をまっすぐ、箒を構えている妖精の方に向ける。これでよし。
そして私はお嬢様の元に戻り、時間を動かす。図書館の方からメイドの悲鳴が聞こえた。
図書館の前に到着すると、2人のメイドが一生懸命掃除をしていた。箒を持っているほうのメイドは額から血を流している。
「ご苦労様。頑張ってるわね、ガザニア、アナベル。」
お嬢様が真面目に働いている妖精達に声をかける。声をかけられた妖精たちは、ぱっと笑顔の花を咲かす。当主からの思いがけない言葉に喜んでいるようだ。それにしても…
「お嬢様、メイドの名前覚えてらしたんですね。」
「当たり前じゃない。言ったでしょ、名前は大事だって。」
そして私たちは図書館に入った。
Remilia Scarlet
「パチェいる?」
図書館に入ると同時に問う。実際のところこの問いには何の意味もない。我が親愛なる知識人が図書館から出ることはほとんどない。いるに決まっている。
「何かしら?レミィ。」
予想通り彼女は図書館にいた。外に出ない所為かパチェの肌は病的に白い。日光に当たることのできない私より白いんじゃないかしら?まぁそれはさておき。
「新しい鏡に愛称をつけようと思うんだけど、いい名前はないかしら?」
「そうねぇ、たしか姓名判断の本があったわね。ええと、どこにあったかしら?」
「あ、私分かります!取ってきますね、パチュリー様!」
そう言って図書館の司書を勤める小悪魔が本を取りに行った。それにしても、図書館の主も分からない本の在り処を把握しているなんて…
「優秀な司書ね、パチェ。」
「ええ。助かってるわ。でも貴女のメイド程じゃないわ、レミィ。」
いつの間にか私とパチェの前には紅茶が用意されていた。瀟洒な従者は何事もなかったかのように後ろに控えている。良かった。今日は変なもの入れてないみたいね。
「ありがとう、咲夜。」
Izayoi Sakuya
「お待たせしました!」
図書館の司書が本を持って戻ってきた。その両手には、10冊以上の本が抱えられている。そして本を受け取ったお嬢様が彼女にお礼を言う。
「ありがとう、貴女。」
その言葉に私は違和感を感じた。なんだろう?
あぁ、そうか。名前だ。
お嬢様は誰かに呼びかけるとき、必ず名前を呼ぶのに。
名前は大切だといって、今もパチュリー様と鏡の名前を決めているのに、彼女の名前を呼ばなかったのだ。
鏡の愛称も無事決まり、図書館から部屋へ引き返す道すがら、私は感じた違和感についてお嬢様に尋ねてみることにした。結局、図書館にいる間、お嬢様が彼女の名前を呼ぶことは一度としてなかったのだ。
「お嬢様、何故司書の名前を呼ばないのですか?あんなに、名前は重要だって言ってらっしゃるのに。」
「だって名前を知らないもの。」
「え?だって彼女には『こぁ』っていう名前が…」
「それは名前ではないわ。名前を知らない者が便宜的にそう呼んでいるだけよ。小悪魔だから『こぁ』だなんて余りに単純すぎるじゃない。」
「鏡の愛称を『かがみん』にするお嬢様の台詞とは思えませんが…」
私の返答にお嬢様は一瞬言葉を詰まらせる。
「兎に角!名前が大切だからこそ、そういう適当な名前では呼ばないのよ。」
「なら本当の名前を聞けばいいじゃないですか。」
「駄目よ。あの子の名前を知っていいのはパチェだけ。咲夜、悪魔にとって何故名前が重要か分かるかしら?」
何かと変わった名前をつけるのはお嬢様の趣味なのだと思っていたが、この様子ではそうではなさそうだ。そんな思いを抱きながら答えあぐねていると、お嬢様はこちらの返答を待たず続けた。
「悪魔はね、契約に縛られるの。そして契約を契約たらしめる上でいちばん重要なのが、名前。私やフランは力が強いからそんなことはないんだけど、力の弱いあの子は、名前を知られた相手に一方的な契約で支配されうるわ。もちろん、誰でも支配できる訳ではないけど、貴女くらいの力があれば簡単ね。」
お嬢様は、調子よく続ける。
「だから力の弱い悪魔は、本当に信頼する相手にしか真名を明かさないわ。あの子の場合はパチェね。分かったかしら、咲夜?」
「ええ、分かりましたわ。要するに私がもっと力をつければお嬢様にあんなことや、こんなことがいくらでもできるようになるということですね。」
そんなことはできるはずがないし、するつもりもないけれど、お嬢様のしかめ面がみたくてそんな言葉を返す。
「う〜。やっぱり分かってなぁい!」
予想通りの可愛らしいしかめ面を見ることのできた私は、満足して、話題を切り替えた。
「そういえば妹様がですね…」
U.N.Owen
当主様とメイド長が去り、再び図書館はパチュリー様と私の2人きりの空間となりました。
「―――」
パチュリー様が私の名前を呼びます。パチュリー様と私しか知らない、私の名前。
「―――」
パチュリー様が私の名前を呼びます。それは信頼と忠誠の証。
本が大好きで、本が読みたくて、紅魔館に忍び込んだあの日、私は死を覚悟しました。幻想郷に来る前の紅魔館は今よりずっと閉鎖的で、忍び込んだのがばれた私は、侵入者として追われていました。そんな私を助け、さらに司書として図書館に雇うように当主様にとりなして下さったのは、図書館の主たる、知識と日陰の魔女でした。
いつも私を守ってくれるパチュリー様に対して、力の弱い私が唯一示せるもの、それは信頼と忠誠だけでした。私はパチュリー様に真名を明かしました。
「―――」
パチュリー様が私の名前を呼びます。
「はい!」
そして私は応えます。
何時いかなる時でも、私は貴女の傍に。
妖精の名前。ガザニアは菊、アナベルは紫陽花の洋名です。
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