SS by astra
紅魔館の風神録 咲夜、早苗
咲夜と神と悪魔の話。
Opening
海のない幻想郷にあって、最も豊かな水をたたえる湖。その湖にぽつんと浮かぶ孤島に悪魔の住むといわれる洋館―紅魔館がある。その紅魔館の周辺は、明るく照らされていた。
照らしているのは黄昏を迎えた太陽ではなく、2人の少女が放つ弾幕。一人は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。もう一人は山の上の神社の風祝、東風谷早苗。
きっかけは信仰を集めようと早苗が紅魔館を訪れたことだった。自らが奉る神―八坂神奈子の神徳を説き、信仰の重要性と必要性を語る風祝に対し、紅魔館の一切を取り仕切るメイド長の答えは簡潔かつ残酷なものだった。
「私は神を信じないわ。」
神の否定は早苗にとって許すことのできるものではなかった。そして感情的になった早苗がとっさに放った言葉は、咲夜の逆鱗に触れるものだった。
「貴女は悪魔に騙されているのです。」
「お嬢様を侮辱するのは許さないわ!訂正しなさい。」
「神奈子様を否定するのは許せません。謝って下さい!」
そして二人の少女は、申し合わせたかのように同時に空へと舞上がり、美しい幻想の夜が始まった。
Izayoi Sakuya
「準備『神風を喚ぶ星の儀式』!」
巨大な五芒星が緑髪の少女の周りに出現する。それとともに少女の霊力が増していくのを感じる。
私は少女に向かってナイフを投げる。このまま少女の霊力が上がるのを黙って見ているほどお人好しではない。しかし少女は飛んできたナイフをあっさりと避けてしまう。
ああ、そうか。最近妖怪退治ばかりしていたから忘れてたわ。頑丈な妖怪と違って人間はナイフを避けるんだっけ。こっちもスペルを使わないと駄目かしら。
「幻幽『ジャック・ザ・ルドビレ』!」
時空を歪めながら、ありったけのナイフを放つ。これなら避けられないでしょう?私の放ったナイフが少女を追い詰める。チェックメイト。案外あっけなかったわね。そう私が思った瞬間。
「奇跡『神の風』!」
少女を中心に吹き荒れる突風に私のナイフは全て叩き落されてしまう。
「どうです!これが神の力です。貴女も神の力を認めてください!」
「五月蝿い!」
神、神、神!
その単語が少女の口から放たれる度に苛立ちが募る。
かつて、生まれつき異能の力を持っていた私を迫害したのは、神の信徒たちだった。
私が生まれたのは貧しい小国で、未だ昔ながらの信仰が息づいていた。さすがにおおっぴらに魔女狩りが行われることはなかったけれど、人々は何か悪いことが起こると、魔女の仕業だと噂した。そんな国で、異質な能力を持っていた私は、神の名の下に、罵られ、虐げられた。
そんな私を保護し、居場所を与えてくれたのは本物の悪魔―お嬢様だけだった。神なんて信じられない。私が信じるのは悪魔<おじょうさま>よ!
それなのにこの女は!神を押し売りするだけじゃ飽き足らずお嬢様を侮辱するなんて!お嬢様が私を騙すはずがないじゃない!
風とともに迫ってくる弾幕を睨みながら私は叫んだ。
「幻世『ザ・ワールド』!」
Kochiya Sanae
「幻世『ザ・ワールド』!」
メイドの姿が消える。と同時に目の前に大量のナイフが出現する。それを避けるのに精一杯でメイドの姿を探す余裕がない。完全に見失ってしまった。
「今度こそ終りね。」
背後から声が聞こえた。と同時にナイフを投げる気配。
―かわせないっ!
と、そのとき、突風が吹いた。風でナイフの軌道が逸れる。
まさに神風!神奈子様のご加護!
「運がいいわね。」
「これも神のご加護です。」
「偶然よ。私は神を信じない。」
神を、信じない。
それは聞き慣れた言葉ではあった。幻想郷に来る前は皆がそう言った。彼らには神奈子様の姿が見えないから。
でもこの郷の人は違う。神の姿を見ることができる。里の祭りでは豊穣の神が村人たちと談笑し、お酒を酌み交わしている。だから神を信じないなんて、あるはずがない!この郷の人に信じてもらえないんじゃ、今までの暮らしを捨ててまで幻想郷にやってきた意味がない!
「神の奇跡を見せてあげます!開海『モーゼの奇跡』!」
「タネなし手品に奇跡は必要ないわ!奇術『エターナルミルク』!」
Izayoi Sakuya
「神の奇跡を見せてあげます!開海『モーゼの奇跡』!」
「タネなし手品に奇跡は必要ないわ!奇術『エターナルミルク』!」
湖が割れ、大量の水が押し寄せてくる。
水!?まずいっ!
避けるのは簡単だけど、私の後ろには紅魔館がある。私が避けたら、地下にいる妹様のところに大量の水が流れ込んでしまう!
私は正面から押し寄せる水に、ありったけの光弾をぶつける。
…何とか水の勢いを押さえることができそうね。
そう安心したその時、水の裏から少女が放った弾が飛び出してきた。水を押さえることに集中していた私は、その弾をまともに受けてしまい、吹き飛ばされた。
私は地面との衝突に備えて身を固くした。けれど予想した衝撃を受けることはなかった。
「やっぱり、人間って使えないわね。」
私はお嬢様に受け止められていた。
「申し訳…ございません。」
「まぁいいわ。今は休みなさい。」
お嬢様の言葉を聞きながら、私は意識を手放した。
Remilia Scarlet
「私の咲夜をこんなにしたんだから、覚悟はできているわよね?」
私は咲夜を傷つけた人間を睨み、スペルカードを発動する。
「紅符『スカーレットシュート』!」
紅の光弾がその人間を捉えようとした、その時。
「神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』!」
突然空から降ってきた柱に、弾がかき消される。
「神奈子様!どうして?」
「早苗の帰りが遅いからちょっと心配になってね。」
空から大きなしめ縄を背負った女が降りてきた。
「邪魔をするな。」
「神にそんな口の聞き方をするなんて、やんちゃなお嬢ちゃんね。早苗には荷が重そうだから、私がお相手しましょう。」
神だって?偉そうに。
「こんなにも月が紅いから、本気で殺すわよ!」
「貴方は一度、神の荒ぶる御霊を味わうと良い!」
Ending
十六夜咲夜が目を覚ましたとき、紅魔館は喧騒に包まれていた。
「あら咲夜。目が覚めたのね。」
咲夜が目を覚ましたことに気づき、パチュリーが声をかける。
「これはいったいどういうことですか?」
紅魔館は宴会場と化していた。霊夢や魔理沙の姿も見える。
「貴女が意識を失ったあと、山の神…あそこでレミィと飲んでるやつね。そいつが来て弾幕勝負になったの。神と吸血鬼が本気でやりあってたんだから、それはもう、美しい弾幕だったわ。それでいつの間にか見物客が集まって宴会騒ぎよ。レミィたちの勝負も弾幕から飲み比べになっちゃったわ。」
「はぁ…」
やっぱり私が片付けることになるのよね、と思いながら咲夜は辺りを見回した。そして見慣れない顔がちらほらあることに気付いた。
「パチュリー様。見慣れない顔が見えるんですが。」
「あぁ、あそこで回ってるのが厄神の鍵山雛。それからあっちに2人並んでるのが豊穣の神と紅葉の神。名前は忘れたわ。」
「…神、ですか。」
「大丈夫よ。貴女を虐めていたような神はここにはいないわ。貴女の国の神と違って、ここの神は、何というか、適当だから。」
そこに、咲夜が目覚めたことに気付いたレミリアがやってきた。
「ようやく目が覚めたのね。咲夜もこっちきて飲みなさい!」
「駄目よ、レミィ。咲夜は病み上がりなんだから。」
「大丈夫よ。山の神が言ってたんだけど、この国じゃ神と一緒にお酒を飲むことを信仰っていうらしいわ。だから一緒に飲めばご利益で治るんじゃないかしら。」
「駄目よ。」
「う〜」
神と楽しそうに酒盛りをするレミリアを見て、咲夜は思った。
こんな神なら信じてもいいかな、と。
そう、日本の神様は八百万。西洋の神のように自分に与しない者を否定するようなことはないのだ。
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